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なかなか、今の自分たちは【良い雰囲気】なのでは。気付いた桃枝は、ハッとする。
訊くなら、今しかない。桃枝はすぐに、山吹の体を抱き直す。
「なぁ、山吹。……俺は、サディストに見えるか?」
なぜ、山吹の体を抱き締め直したのか。当然、逃げられないように固定するためだ。
未だに顔を赤らめたままの山吹は、瞳を丸くして桃枝を見上げている。
「え? なんですか、いきなり?」
無垢な瞳に、桃枝の意思はあっさりと脆く揺れた。
もしも、山吹に肯定されたら? 無理だ、耐えられない。
「……いや、なんでもねぇ。忘れてくれ」
せめて、もう少し印象を良くしてから訊こう。気持ちを切り替えた桃枝は、山吹の後頭部に額を当てた。
おそらく、山吹は『桃枝が甘えてくれている』と思ったのだろう。少し嬉しそうに、はにかんだ。
それから、数秒後。山吹はおずおずと、自分の体を後方──桃枝へ預けるように、もたれかかった。
「ボクも、課長に訊きたいことがあります。質問しても、いいですか?」
「あぁ、いいぞ。お前になら、なんでも答えられる」
「ありがとうございます。それでは、失礼して……」
意外だ。まさか、山吹が桃枝に対して知りたいことがあるなんて。
隠し事ができず、そもそもしようとすら思っていない。自分のことはなんでも伝え終えたはずだと思っていただけに、桃枝は心底不思議な心地だった。
「前に、黒法師さんは『白菊は高校の頃から冷たさに磨きがかかった』と話をして、その後に『弓道部の部長が……』と仰っていましたが、弓道部の部長さんと、なにかったんですか?」
しかも、内容が内容だ。本当に、不思議でならない。
弓道部の部長──女性の先輩について、前にも山吹は桃枝に訊ねてきたのだが……。よほど、気になるのだろう。
「クールで、素っ気ない人ではあったんだが……なんて説明したらいいのかイマイチ言葉が見つからねぇが、その孤高で気高い雰囲気が格好良く見えたんだよ」
それでも、山吹が気にかけているのなら解決したい。桃枝には欠片たりとも、やましい気持ちなどないのだから。
「決して人当たりがいいタイプではなかったな。それでも部員に慕われて、友人からの信頼も厚い人だった。だから、インスパイアっつぅか……なんて言うか『俺と似たタイプのあの人みたいに、俺もなりてぇな』とか思ったんだよ。まぁ、結果はお前も知っての通りだがな」
「なるほど。……その部長さんとは別の話なんですけど、もうひとつ訊いてもいいですか?」
「あぁ、構わねぇよ」
桃枝に寄り掛かったまま、山吹は眉を寄せる。
「ボクが風邪を引いて、看病に来てくれた日のことです。課長、黒法師さんと会っていたんですよね?」
「そうだな」
「だけど、課長はボクに『仕事の関係で外せない用事』と言っていましたよね? あれって、どういうことですか?」
よほど、黒法師のことが苦手なのだろう。桃枝も、あの男はどうかと思う点が多々ある。友人だとしても、真っ先に『人間性の弁明をしてやろう』と思いつかないほどだ。
「黒法師がどういう奴か分かってるお前なら、俺の答えが分かるんじゃねぇか? 監査前の道案内だ」
「……」
「理解はしたが納得はしたくねぇって顔だな」
再度、桃枝は山吹の頭を撫でる。
こうして山吹が、桃枝の人間関係を意識してくれるなんて。やはりこの光景は──現実は、夢よりも夢のようだ。
「もしかして、どっちの質問もヤキモチ所以か?」
だから桃枝は、調子づいた。
きっと、山吹からの返事は『調子に乗らないでください』という、実に素っ気ないものだろう。分かっていても、桃枝は確認したくなったのだ。
もしかすると、今の山吹なら……。期待感を込めた瞳で、山吹を見つめて──。
「──そうです、けど。……ダメ、ですか?」
パッと、桃枝は自分の目頭を押さえた。実に、素早い動きだ。
桃枝を見上げていた山吹は、すぐにジトーッと冷たい目を向けた。
「また眩暈ですか? 課長、一回病院行きます?」
「お前相手限定の眩暈だ、心配するな」
「それが事実なら、なおさらボクは課長が心配なのですが……」
「──くッ」
「──今のどこで喜んでいるんですか?」
恋人が、最高過ぎる。桃枝は目頭を強く押さえながら、幸福を噛み締めまくった。
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