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山吹に心底呆れられながら、なんとか桃枝は調子を取り戻す。
「山吹。俺は今、猛烈に幸せだ」
「みたいですね。なによりです」
「だろう? だから、キスしてもいいか?」
「えぇっ? どっ、どどっ、どうなればその発想に繋がるんですかっ!」
どうもこうも『恋人が可愛い』以外の理由なんてない。桃枝はケロリとした様子で、山吹こそなにを言っていると言いたげな目を向けた。
だが、肝心の返事を貰っていない。桃枝はジッと、山吹を見つめる。
「好きだ、緋花」
「あっ、えっと……っ」
「キスさせてくれ」
「うぅ~っ」
完全に『イエス』をもぎ取ろうとしていた。山吹はブワブワと顔を赤らめていきながら、俯く。
「そんな、真っ直ぐ訊かないでください……っ」
「オイ、俯くなよ。キスできねぇだろ」
「ボクの返事なんて求めてないじゃないですかっ」
「なにを言っている? こうしてちゃんと、お前からの返事を待ってるだろ」
顎に指を添え、強引に桃枝の方を向かせているくせに、なにを。赤面した山吹は、恨めしそうに桃枝を睨んだ。当然、桃枝にはノーダメージだが。
「駄目か、緋花?」
「だっ、ダメ。……じゃ、ないです、けど……っ」
顔を上げた山吹は、桃枝から視線を外す。
しかし、観念したのだろう。……あるいは。
「恥ずかしい、から……早く、してください」
期待感が、高まり切ったのかもしれない。
山吹は逸らしていた視線を桃枝の目に向けた後、キュッと瞳を閉じた。それ以上はなにも言わず、山吹は口も閉ざしている。
これが、キス待ち顔か。真っ赤になった山吹をまじまじと観察した後、桃枝は山吹に顔を近付けた。
正直、桃枝にとってこういった行為をした相手は山吹のみ。経験も知識も乏しい桃枝には、恋人への行為全てに自信がないのだが……。
「白菊、さ……っ」
唇を離すと、山吹に名前を呼ばれた。桃枝はすぐに、山吹の頬を撫でる。
「どうした、緋花」
「もっと……ちゅー、して……くだ、さい」
「いいのか? なら……あぁ、分かった」
もう一度、キスをする。今度は、口腔に舌も差し込んで。
「は、っ。しら、ぎくさ……んっ、ぅ」
山吹が、甘えたように名前を呼ぶ。桃枝の服を握り、恐る恐る桃枝の舌に自分の舌も絡めてくれている。
素直に求めてくれる山吹の変化に胸を詰まらせつつ、桃枝は言葉を遣わずに山吹への愛をキスだけで伝えた。それが、山吹にどの程度伝わるかは分からないが……少しでも伝わっていると、信じて。
お互いの熱を唇から感じて、桃枝と山吹は顔を離す。すると、山吹がふにゃっと柔らかい笑みを浮かべた。
「気持ち良すぎて、頭がぼぉっとしちゃって……ん、へへ。すみません、だらしなくて」
「……気持ち、良かったのか?」
「はい、とても」
頬を撫でる桃枝の手のひらに、山吹が自らの頬を擦り寄せてくる。
「いつも、いっぱい気持ちいいですよ」
眩暈、と言うよりも。感極まり、いっそ涙が出てきそうだ。
それでも桃枝は己の目元に手を当てることはせず、山吹の頬を撫で続ける。それから額にキスを落とし、嬉しそうにはにかむ山吹の体を強く抱き締めた。
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