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 意外だと思われがちだが、山吹は髪形やメイクなど……他人の外見に、さほどの興味がない。  髪がスーパーロングだったのをショートに切った場合は、さすがに気付くが。……逆を言えば、そのくらいの変化がないと気付けなかった。これは桃枝が、つい最近知ったことだ。  自分が山吹の目にどう映っているのか分からないまま、翌日の就業時間中。桃枝はぼんやりと、山吹と部下のやり取りを眺めていた。 「どうかな、ブッキー! 前髪を変えてみたんだけど、似合うっ?」 「前髪? ……変わりましたか?」 「いやいや変わったじゃん! ほら、分け目とかさっ!」 「ボク、自分以外には興味がないので。正直、覚えていません」 「うっわ、辛辣~っ!」  わざとなのか、なんの狙いもない本心なのか。山吹の返答は、あまりにも素っ気なかった。  ちなみに、桃枝は部下が前髪を変えたことに気付いている。正直、桃枝としては変える前の方が好感を抱ける気もするのだが……訊かれないので、あえて言わないだけだ。  しかし、意外だった。他人の感情の機微には目敏く気付くくせに、外見にはあまりこだわりがないとは。文字通り、見た目よりも中身を重視しているタイプなのだろうか。……にしては、極端すぎる気もするが。  ……そう。山吹は、周りの人間をよく見ている。だからこそ桃枝は、昨晩『自分がサディストに見えるかどうか』を訊けなかったのだ。  周りをよく見ている山吹に肯定されてしまったら、立ち直れない。好意云々を差し引いても、だ。  などと、思考の海で漂い続けているわけにはいかない。仕事に戻ろうと、桃枝はデスクに広げていた書類に視線を落とし──。 「──え~っ? ブッキー、すっごく可愛いキーホルダー付けてるねっ!」  すぐに、動きを止めてしまった。  いつの間にか、山吹の隣には別の職員が近付いていたらしい。さすが人気者な山吹だ。そんなところも推せる。  顔を上げた桃枝が何度目か分からない惚れ直しをしている中、二人の会話は加速していった。 「私もそれ欲しかったんだけど、全然出てこなかったんだよね~。いいな~、もう一回挑戦しようかな~っ?」  どうやら山吹の隣に立つ女性職員は、昨日山吹が手に入れたパンダのキーホルダーを見てテンションを上げているらしい。  確かに山吹は昨晩、桃枝のマンションに着いてすぐにキーホルダーを鞄に付けていた。それはそれは、大層嬉しそうに。  まさか職場内でプチブームが起こりかけている景品だとは露知らず、桃枝は事の成り行きを見守った。  すると、桃枝の視線に気付いていない山吹はと言うと。 「──要りますか?」  サラッと、譲渡を提案した。  いったいどういうことかと、桃枝は目を丸くしてしまう。当然ながら、話し相手の女性職員も驚いていた。 「えっ! いいのっ?」 「はい。いいですよ、これくらい」 「でも、好きだから鞄に付けてたんじゃないの?」 「サイフの中にあった小銭がジャマで、なんとなく回しただけですよ。『せっかくだから』と思って、なんとなく付けていただけです」  鞄からキーホルダーを外しながら、山吹は女性職員に淡々と答えている。  そのまま淀みなく、山吹はキーホルダーを手渡した。 「はい、どうぞ。ボクのお古でもいいのなら、是非」 「やった~っ! ……あっ! お金返すよっ!」 「それだとまた小銭が増えちゃうじゃないですか。いいですよ、タダであげますから」 「でも~……」 「じゃあ、飲み物を奢ってください。ボク、緑茶が飲みたいです」 「うんっ、もちろんっ! 了解っ、すぐ買ってくるね~っ!」  おかしい。昨日は確かに、山吹は笑顔で『一番欲しかった景品だ』と言っていたはず。それなのに、どうしてあんな嘘を?  桃枝はすぐさまスマホを手に取り、山吹にメッセージを送った。 『いいのか? あのキーホルダー、欲しがってただろ』  仕事中に取る行動としてはいただけないが、状況が状況だ。桃枝は山吹から視線を外しながらも、メッセージの返事を待つ。  すると意外にも、返事は即座に届いた。 『いいんです。卒業しましたから』 『そうなのか』 『そうなんですよー』  他人の外見に興味はないくせに、内面には……。やはり、山吹は優しい男だ。  可能ならば、自分もそうなりたい。桃枝はスマホを閉じ、仕事に戻りながらそんなことを考えた。

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