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 笑顔、だ。山吹が、涙目ながらも笑顔を浮かべている。  さっきの声は、自分で生み出した幻聴ではないのか。否、違う。山吹が本心から、桃枝の行為を赦してくれたのだ。 「怒ってない、のか? 俺の行動は、強引だっただろ?」 「強引なのも、嫌いではありませんよ。むしろ、課長はもう少し強引で積極的になっていただいた方が助かります」 「おそらくだが、そういう話じゃないと思うぞ」 「だとしても、ボクが怒っていないならそれでいいじゃないですか」  そういう話、なのだろうか。桃枝は、眉を寄せてしまった。 「課長はただ、ボクに課長の手でご飯を食べさせようとしてくれただけですよ。だったら、ボクが怒る理由なんてありません。むしろ、えっと……喜ぶ理由しか、ないと思います」 「山吹……」  やはり、山吹は優しい。恋人の慈愛に、うっかり抱擁を送りそうになった。  しかし、そんなことをしている場合ではない。桃枝は俯き、自らの不甲斐なさに表情を強張らせた。 「だが、俺は……もっと、こう、お前相手に……」  言葉が、まとまらない。桃枝は俯いたまま、なにをどう伝えていいのか悩み──。 「──課長、あのっ。……最近、なにか悩んでいませんか?」  その心が、まるで見透かされたかのようで。桃枝は俯いたまま、驚きによって瞳を見開いてしまった。  桃枝の表情は当然見えていない中、山吹はどこか申し訳なさそうに言葉を続ける。 「この前、事務所の応接スペースで一緒にお弁当を食べましたよね? あの日くらいから、でしょうか。課長が、なにかに悩んでいるような気がして……」 「な、んで……」 「ボクは年下ですし、立場としては部下です。だけど、課長の……白菊さんの、恋人です。頼りないかもしれないですし、お役に立てない可能性も確かにあります。それでも、その……」 「……山吹?」  ようやく、桃枝は顔を上げた。そこで、今さらながらに気付く。  山吹が、桃枝の表情に気付くはずがない。……ということに。 「──ボクは課長に、頼られたいです。これが、押し付けや負担やワガママにならないのなら」  なぜなら山吹も今、俯いているのだから。  いったい、どの辺りで山吹は気付いたのだろう。しかも、桃枝が悩み始めた初日から気付いていたなんて。 「俺は、別に……」  悩みなんてない。だから、お前はなにも気にするな。……いつもの桃枝なら、そう言っていただろう。  自分のちっぽけな悩みのせいで、山吹の笑顔を曇らせたくない。山吹に心配してもらう価値があるような悩みなんて、抱えていないのだから。……そう、桃枝は思っていた。  しかし、違う。山吹が今、どんな気持ちで『頼られたい』と言ったのか。それが分からないほど、桃枝は救えない鈍感に成り果てたつもりはなかった。 「……実は、な。この前、別の課の課長と自販機の前でコーヒーを飲んだんだ。けど、その時に『桃枝課長はSっぽい』って話になって──」  こんなことになるのなら、もっと早いうちに告げていれば良かったのかもしれない。桃枝は自分を責め、山吹の優しさに感謝を募らせる。  ……なのに、その刹那。 「──は? ボク以外の人と、食事をしたんですか?」  空気が、ピリリとひりついた。

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