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 顔を上げた山吹の目が、あまりに鋭い。桃枝は『ヒュッ』と、音を立てて息を呑んだ。  しかし、大いなる誤解が生じている。桃枝は体を硬直させつつ、弁明を図る。 「いや、俺たちは【食事】をしたんじゃなくて、ただコーヒーを──」 「──お茶したんですね」 「はっ? おっ、お茶っ?」 「浮気じゃないですか。怒りますよ」 「山吹、お前……もう怒ってないか?」 「そう思うのでしたら、なにか言うことがあるのではないですか?」 「……ご、ごめんな、さ──」 「──聞こえません」 「──申し訳ございませんでした」  一寸待ってほしい。そして、どうか山吹には振り返ってほしかった。  山吹は先ほど、桃枝に『強引だ』と言ったが……そっちの方が、よほど強引ではないか。無論、今の山吹にそんなことを言えるわけがないが。  しかし、どうしたものか。ただ同じ職場で働く人間と飲み物片手に会話をしただけで、ここまで憤慨されるとは。不謹慎だとは重々承知だが、どうにも嬉しくて仕方ない。  ニヤニヤと上がる口角を見られないようにと、桃枝は大袈裟なほど【謝罪】のパフォーマンスをする。つまり、頭を下げたのだ。 「わざとらしい謝罪ですね。もしかして、ボクを揶揄っていますか?」  ガッデム。どうやら、大袈裟なパフォーマンスがかえって山吹の気分を害してしまったようだ。  今度は、別の意味で頭を上げられない。謝罪の姿勢を取ったまま、桃枝はプルプルと体を震わせる。無論、恐怖所以だ。 「思えば、最近の課長はちょっとナマイキでしたよね。ボクより優位に立って、ボクより余裕そうで、ボクより落ち着いていて……。なので今から、課長にお仕置きをします」 「今の話とは全く別種の理由じゃねぇのか、それ。現状にかこつけた、ただの腹癒せなんじゃ──」 「──なにか言いましたか?」 「──言ってません。ごめんなさい」  意外だ。山吹は、怒ると怖いらしい。普段の愛らしさからは想像もできない変貌だ。  だが、それがいい。山吹が見せる新たな一面に、素直な桃枝はあっさりとときめく。……無論、そんなことを素直に言えばさらに立腹されるのは明白なので、閉口するが。  その間も、山吹は【お仕置き】について考えていた。腕を組み、うんうんと唸っている。  やがて、山吹はピコンと【お仕置き】が思いついたらしい。 「お仕置き、お仕置き……。……じゃあ、失礼します」 「『失礼します』って──えッ!」  立ち上がった山吹が、桃枝に近付く。そして……。  ──ムギュッと、桃枝に抱き着いてきたではないか。 「や、山吹っ? なに、なっ、なにをっ?」  突然、好きな子が抱き着いてきたのだ。桃枝の顔は瞬時に紅潮し、ガチッと体を硬直させてしまう。  ……おかしい。仕事を終え、まだシャワーを浴びていないはずなのに、山吹からはいい匂いがする。豆乳鍋とは違う、まるで……理性を撫でるかのような甘い香りが。  まさか、これは破廉恥な意味合いの【お仕置き】なのか。桃枝は山吹の細い腰に腕を回そうとして──。 「──くすぐりですっ!」 「──くっ、くすぐりっ?」  お仕置きの内容を聞き、やはり体を硬直させてしまった。

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