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青梅を睨んだまま、山吹は戦う姿勢を示す。
「はぁ? オマエ、バカ? 辞書で【バカ】って調べたらオマエの名前が出てくるんじゃないの?」
「それはむしろオレのセリフ。誰とどういう付き合い方したがってんのか知んねぇけど、ムリムリ。アンタには【彼氏】じゃなくて【肉便器】って肩書きがお似合いだよ」
「前まではそうでも、今のボクは──」
まるで、桃枝との関係を全否定されているような気がした。つまり、不愉快で仕方ないのだ。
山吹は臨戦態勢を示すかのように、肩を掴む青梅の手を振り払おうとして──。
「──あっれれぇ~? こんなところにヤケドの痕があるぞ~?」
「──ッ!」
バッ、と。上げかけた片手で勢いよく、胸元を隠した。
今のは、ただの反射行動だ。服を捲られたわけでもなければ当然、破られたわけでも引き裂かれたわけでもない。山吹は防衛本能に従うかの如く、反射的に胸元を隠してしまったのだ。
今は隠れているその部分を、青梅はさも『今も見えています』と口にした。ニヤリと、愉快気な笑みを浮かべて。
──胸元の火傷痕がどれだけ、山吹にとってデリケートな話題なのかを知っているくせに。
「人に甘えたら駄目なんじゃなかったのかよ。だからテキトーな相手が欲しかったんだろ? それでアンタ、今まで何人の男女と寝たわけ? それなのに、今さら清い関係が欲しいって? さすがに浅ましすぎでしょ」
「……っ」
反論が、できない。『全くもって正論だ』と、他ならない山吹自身が納得してしまっているのだから。
黙った山吹を見て、青梅はため息を吐いた。まるで『わざとだ』と聞かせるかのように、音を立てて。
「──そんな不義理な生き方、アンタの【父さん】はどう思うのかねぇ?」
「──っ!」
即座に山吹は、父親からの愛情──虐待を思い出す。それと同時に、山吹は辺りを見回してしまった。
今すぐ、声を出したい。可愛く泣き落としでもすれば、周りにいる誰だって助けてくれるだろう。
だが、頼ってはいけない。甘える度に、父親は山吹に【教育】をしたのだから。
「話は少し戻るけどさ、マジで笑えたわ。アンタがオレの両親に同情するとか、傑作すぎ。他所の親を心配するより自分の親を心配しろっつの」
「……ッ」
山吹から助けを求めなければ当然、周りの通行人は我関せずといった態度だ。好き好んでトラブルに首を突っ込みたがる人間なんて、普通はいないだろう。
「自分の立場を理解したなら結構。じゃ、状況がよぉ~く分かったなら、今すぐスマホを出そっか。オレの連絡先、今ここで登録し直してよ」
どうしよう、どうすれば。今の山吹はきっと、酷い顔をしているに違いない。
「あーあ、またかよ。アンタ、社会人になってもそういうところは変わってないんだな」
「そういう、ところって……どこの、こと」
「すぐに被害者面するところ。オレがなんでアンタに対してこんな態度取るようになったか、忘れたワケじゃないくせにさ」
苦しそうで、つらそうで。どれだけ山吹が視線を彷徨わせたって、意味はない。そんな顔をした人間と関わりたがる他人なんて、やはり普通はいないのだから。
「まっ、来ない助けを求めるのはご自由にどーぞ。無意味に祈りながらでいいからさ、スマホ。早く出してくれない?」
堪らず、山吹は俯いた。服の上から火傷痕を押し潰しながら、山吹は言葉を失くす。
……そう。こんな修羅場じみているところに好んで首を突っ込む人間は、いない。
──【普通は】いないのだ。
「──あれ、山吹君やん? 奇遇やね?」
たった一人、人間が表す負の感情を好む……この男以外は。
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