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 サッと、血の気が引いていく感覚。  それでも山吹は、理性的な自分を装う。桃枝を見つめる瞳を、不安に揺らしはしなかった。 「ホントに、それだけですか? 他にはアイツ、なにか言ってました?」  さすがに、必死すぎる食い下がりだろうか。それでも山吹は、訊ねずにいられなかった。  山吹の態度を見て、桃枝はほんの少しだけ目を丸くする。……しかしすぐに、瞳を細めた。 「なにか言いたそうにはしていたが、俺が目を向けたら黙ったな。業務には必要がない私語だって分かったんだろ」 「目を、向けたら……」  本人にその気はなくても、おそらく青梅は『睨まれた』と思ったのだろう。仕方ない。桃枝の目つきは半日で慣れられるようなものではないのだから。 「それなら、いいです。変なことを訊いてしまって、すみませんでした」 「いい、気にするな」  ようやく、ホッと一安心だ。山吹は頭を下げてから、昼食を取ろうと思い──。 「──ただ俺は、お前の話はお前本人から聴きたいだけだからな。就業中じゃないにしても、俺は青梅が話したがっていたことを聞かなかったぞ」  不覚にも、桃枝の言葉にときめいてしまった。  きゅぅっと胸を締め付けられながら、山吹は赤くなった顔を桃枝に向けてしまう。目が合うと「なんで赤くなるんだよ」と驚かれたが、桃枝のせいだ。無自覚なんて、卑怯だろう。山吹は堪らず、内心で文句を紡ぐ。  桃枝は、誠実な男だ。だからこうして真っ直ぐ言葉を贈ってくれて、他人から山吹の話を聴こうともしない。  そんな桃枝に、まるで隠し事をしているような気持ちだ。山吹は途端に、自分が惨めな男に見えてきた。  このままの自分では、桃枝に不釣り合いかもしれない。言われずとも分かっているが、それでも改善できる点が明確なら……。 「……それなら、なにかありますか? ボクと青梅のことで、課長が気になること」  誰か──青梅に喋られるのは断固として拒否したい。  だが、桃枝が望むのなら。桃枝が『知りたい』と思うのなら、応えたい。少しでも、桃枝の隣に立つときに胸を張れるように。  すぐに、桃枝は考え込むかのように腕を組む。 「気になること、か。……まぁ、なくはないな」 「あるん、ですか? ボクと青梅のことで、気になることが」 「あぁ。もしもお前にとって迷惑じゃないなら、ひとつだけ教えてくれ」  ギッと、オフィスチェアを軋ませて。 「お前、今朝は青梅と揉めていたよな。今の態度を見ても、あまり良好な関係性には見えねぇ。なんであそこまで青梅から──いや、青梅を邪険にしてるんだ?」  桃枝は、深くはない質問を口にした。  いざ問われると、なんとも難しい話だ。山吹は眉を寄せて、気難しい表情を作る。 「『なんで』と言われると、さぁ、なぜでしょうね。割と、出会った時からあんな感じの関係だったので。おそらく生理的に嫌いなのではないでしょうか。きっと、あっちだってそうですよ」 「そうか、生理的にか」  すると、突然。 「──こんなに可愛い顔をしてるのにな」 「──っ!」  ──桃枝の指が、山吹の頬を撫でた。 「ん? なんでお前、また顔を赤くして──……あっ、わ、悪い! 職場で、なにをやっているんだろうな。悪かった」 「い、いえ……っ」  つい数分前は頭を撫でないよう自重していたばかりなのに、まさか触れてもらえるなんて。咄嗟のことに、山吹は赤面してしまう。  なんとか気を紛らわせるために、山吹は伸ばしている後れ毛をクルクルと指に巻き始める。 「……課長が、分かってくれているのなら。他は、なんでもいいです」 「っ。そ、そうか。そう、だよな」  気まずい空気が、くすぐったい。二人はそれからぎこちなく挨拶を交わし、各々の昼食タイムへと入ったのだった。

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