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 ドキドキと騒がしい胸を必死に押さえつけつつ、迎えた午後からの仕事。  朝のように青梅からちょっかいをかけられなければ、なんて穏やかな時間だろう。繁忙期でもない平日は、実に静かで平和だ。  それから数時間経ち、業務終了の時間を迎えた。言い換えると、青梅が管理課にいる三日の内の一日目が終了したということだ。 「お先に失礼しまーっす」  青梅は管理課の職員とは良好な関係を築き上げてきたのか、実に楽し気な様子で退勤の挨拶を交わしている。コミュ力の高さは学生の頃から健在らしい。  定時になったのならば、自分も帰ろう。山吹はいそいそとデスク周りの片付けを始めて、桃枝が残業するのかどうかを確認しようとして……。 「じゃあ、アンタもお疲れ~」  ポンと、青梅に肩を叩かれた。  他人との物理的接触が苦手だと、青梅は知っているはず。それでも触れてきた青梅が不愉快で、山吹は思わず鋭い目つきを送ってしまった。 「……お疲れ様でした」 「メチャメチャ嫌そうに言うじゃん。別にいいけど」  山吹のことは放って、サッサと帰ってほしいものだ。心底、山吹は青梅に対してそう思う。  だが青梅は、山吹から向けられる嫌悪には慣れている。臆した様子もなく、青梅は山吹と距離を詰めてきた。 「あれ、なんだこれ? アンタ、デスクの上グチャグチャじゃん。もしかして、まだ仕事する感じ? アンタはまだ帰んないの?」 「別にオマエには関係ないでしょ」 「なに言ってるんだよ。残業するくらい忙しいなら手伝うっつの。一応、オレはアンタの後輩だし? 頼ってくれてもいいんだぜ、先輩サマ?」  わざとらしい敬称だ。山吹は楽し気に笑う青梅からフイッと視線を外す。 「いい、なにも急ぎの仕事とかないし。少しデスク周りの整理をしたら、ボクもすぐに帰るから」 「ふぅ~ん。……じゃあ、お先に失礼しまーっす」 「うん」  もう一度、青梅に肩を叩かれた。山吹はそれ以上なにも言わず、宣言通りにデスクの上に散らばった書類を整理し始める。  黙って手を動かしていると、意外な人物が山吹に声をかけた。 「大丈夫か、山吹」 「えっ? あっ、課長っ?」  どうやら、どこかに出掛けていたらしい。外勤用の鞄を持った桃枝が、難しい顔をしながら山吹のデスクに近付いた。  桃枝が向けてきた心配は、果たしてどの範囲までの意味が込められているのか。明確に分からないまま、山吹は苦笑を浮かべた。 「はい。大丈夫ですよ」 「……そうか」  珍しく、桃枝はなにか言いたげだ。職場だから控えているのか、それとも『踏み込んではいけない』と思い遠慮をしているのか。生憎と、その辺りも明確には分からない。  それでも、桃枝はなにも言わずに自分のデスクに戻ろうとした。歩を進め、山吹から離れようとしたのだ。  ……だが、その動きが小さな擦れ違いを引き起こした。 「山吹。お前、随分と青梅から──」 「──誰が、青梅に頼るもんか……ッ!」  やはり山吹が心配な桃枝と、桃枝が離れると分かって油断してしまった山吹の声が、重なったのだ。

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