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背に回した手が、震えている。
それは抱擁に慣れていないからなのか、それとも……。
「ボクが誰かに触られるのが苦手って、アイツは知っています。それでもアイツは──だからこそアイツは、ボクの肩を叩きました。そういう男なんですよ、青梅は」
過去のことを、思い返してしまっているからなのか。自分のことだというのに、山吹には判断が付かなかった。
桃枝の手が、山吹の肩へ移動する。それから桃枝の手が、ほんの少しだけ二人の間に隙間を作った。
「お前、少し前に『喧嘩したことない』って言ってただろ。だが本当は、青梅とならあるんじゃないのか?」
やはり、青梅のことが気になるようだ。そうさせてしまうくらい、山吹の対応は露骨だったのだろう。
自分の幼稚さに反省しながらも、山吹は冷静に言葉を返す。
「やめてくださいよ、おぞましい。ケンカって、親しい相手とするものじゃないですか。ボクと青梅のは、ただの争いです。ケンカじゃないですよ」
「違いが分かんねぇな」
分かるはずがない。なぜなら、山吹は青梅との関係性をしっかりと伝えていないのだから。これで理解されるのなら、桃枝には翻訳機なんて必要なくなる。
それでも、まだ上手に伝えられる自信がない。山吹はその場で俯き、桃枝から表情を隠した。
桃枝が相手なら、なんだって教えたい。桃枝が『知りたい』と思うことを、なんだって全て。
「ごめんなさい、課長。だけど、ボクと青梅はもうなんでもないんです。ただの、元クラスメイトです。それ以外、ホントになにもないんです」
しかし、全てを教えた上で嫌われるのは嫌だった。
過ぎたことはどうにもできないと分かっていて、分かっているからこそ山吹は、これ以上【どうしようもできない過去の自分】のせいで、桃枝に幻滅されたくないのだ。
俯いた山吹の肩を掴んだまま、桃枝は眉間の皺を深くする。
「……ヤッパリお前、青梅となにかあったのか?」
ピクリと、体が震えてしまう。当然、こんな些細な動きでも肩を掴んでいる桃枝には筒抜けだ。
終わったことなら、知られて困ることなんてないはず。しかし山吹は、どこまでも臆病な男だった。
臆病、だからこそ……。
「別になにもないです」
「けど、それにしては態度がおかしかっただろ」
「そうですか? 確かに、青梅と再会して少し動揺してしまいましたが、ボクはフツーですよ」
「それはさすがに──」
「──あぁもうッ! やめてくださいよッ! 『なにもない』って言ってるんだからそれでいいじゃないですかッ!」
山吹は、今まで培ってきた方法でしか突き放すことができなかった。
都合が悪いことは全力で嫌がり、誰が相手だとしても【対話】をしてこなかったのだ。それが、セフレと生産性のない性行為を重ねることで自らを騙し続けた山吹が持つ処世術だった。
部屋がシンと静まり返ると同時に、すぐさま山吹はハッとする。
「あっ。……か、課長……っ」
顔を上げて、山吹は愕然とした。
「……っ」
桃枝の表情が、あまりにも苦しそうで。口にされなくたって、分かってしまったから。
──山吹は今、桃枝を傷つけてしまったのだ。ちっぽけな、保身如きのせいで。
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