318 / 465
10 : 25
桃枝に抱き締められて、ようやく落ち着きを取り戻した頃。
「……課長って、青梅とも面談したんですか?」
管理課へ異動した際にした、桃枝との面談。ふと、山吹はあの日の光景を思い出していた。
山吹が『雑談できるほどの余裕を取り戻した』と気付いた桃枝は、すぐに相槌を打つ。
「いや、あれは正式に俺の部下になる奴としかしない。俺の部下になるわけでもねぇのに面談する意味なんかないからな」
「言われてみると、確かにそうですね」
「まぁ正直、面談のつもりはなかったんだが……移動中に何度も言葉は交わしたからな。俺が面談をする主な目的は、ある意味で達成しちまったかもしれねぇなな」
「面談をする目的、ですか?」
どういう意味だろうか。山吹は桃枝を見上げて、少しだけ悩む。
悩んで、そして……。
「……あっ、そっか。課長って、自分のことを知ってもらうために面談をしていたんですね」
桃枝が部下と面談をする理由に、ようやく気付いた。
山吹が『今この瞬間にようやく気付いた』という事実を目の当たりにした桃枝は、当然ながら不服そうに眉を寄せる。
「初めからそのつもりでお前とも面談しただろ。今さらなに言ってるんだよ」
「課長はヤッパリ、分かりづらい人です」
「他でもないお前がそう言うなら、そうなのかもな」
なぜか、嬉しそうに笑いながら頬を撫でられた。堪らず、山吹は顔を赤らめてしまう。未だに、好意を自覚してからの触れ合いには慣れがこないのだ。
ホワホワと温かい時間が流れ始めて、数秒後。今度は桃枝が、どこか不安そうな目で山吹を見た。
「ところで、だ。……山吹。お前、最近なにか変わったことはあるか?」
「やけに唐突ですね? どうして──じゃ、なくて。先ずはボクが答えなくちゃ、ですよね」
質問に質問で返すのは感心しないと、以前、桃枝に注意をされたのだ。改善できる点はでき得る限り改善しようと思っている山吹は、眉を寄せて考え込む。
「変わったこと、ですか。……あり、ます」
「あるのか? なんだ? なにがあった?」
やけに、必死だ。青梅関連で心配をかけている自覚は多少なりともあったが、それ以外でも山吹の様子はおかしかったのだろうか。内心で、山吹はそっと自らの行動を省みる。
しかし、桃枝の反応も当然なのかもしれない。なぜなら……。
「──ここ最近のこと、なのですが。課長のことを『好きだな』って気付いて、認めて……きちんと、両想いの恋人になってから。毎日が、その……とても、幸せです」
山吹にとって最も大きな変化は、桃枝が一緒にいてくれるからこそ起こっているのだから。
違う、そうじゃない。桃枝は咄嗟に、そう言うべきだったのかもしれない。
だが、しかし……。
「んふふっ、なんですかぁ?」
「可愛すぎるだろ、馬鹿ガキ……ッ」
こんなに可愛いことを言われて水を差せるほど、桃枝は空気が読めない残念人間なつもりはなかった。
顔を真っ赤にした山吹の頭を撫でると、すぐに照れくさそうな笑みが返ってくる。桃枝は山吹のピュアさに悶えながら、ワシャワシャと山吹の頭を撫で続けた。
ともだちにシェアしよう!