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 桃枝に抱き締められて、ようやく落ち着きを取り戻した頃。 「……課長って、青梅とも面談したんですか?」  管理課へ異動した際にした、桃枝との面談。ふと、山吹はあの日の光景を思い出していた。  山吹が『雑談できるほどの余裕を取り戻した』と気付いた桃枝は、すぐに相槌を打つ。 「いや、あれは正式に俺の部下になる奴としかしない。俺の部下になるわけでもねぇのに面談する意味なんかないからな」 「言われてみると、確かにそうですね」 「まぁ正直、面談のつもりはなかったんだが……移動中に何度も言葉は交わしたからな。俺が面談をする主な目的は、ある意味で達成しちまったかもしれねぇなな」 「面談をする目的、ですか?」  どういう意味だろうか。山吹は桃枝を見上げて、少しだけ悩む。  悩んで、そして……。 「……あっ、そっか。課長って、自分のことを知ってもらうために面談をしていたんですね」  桃枝が部下と面談をする理由に、ようやく気付いた。  山吹が『今この瞬間にようやく気付いた』という事実を目の当たりにした桃枝は、当然ながら不服そうに眉を寄せる。 「初めからそのつもりでお前とも面談しただろ。今さらなに言ってるんだよ」 「課長はヤッパリ、分かりづらい人です」 「他でもないお前がそう言うなら、そうなのかもな」  なぜか、嬉しそうに笑いながら頬を撫でられた。堪らず、山吹は顔を赤らめてしまう。未だに、好意を自覚してからの触れ合いには慣れがこないのだ。  ホワホワと温かい時間が流れ始めて、数秒後。今度は桃枝が、どこか不安そうな目で山吹を見た。 「ところで、だ。……山吹。お前、最近なにか変わったことはあるか?」 「やけに唐突ですね? どうして──じゃ、なくて。先ずはボクが答えなくちゃ、ですよね」  質問に質問で返すのは感心しないと、以前、桃枝に注意をされたのだ。改善できる点はでき得る限り改善しようと思っている山吹は、眉を寄せて考え込む。 「変わったこと、ですか。……あり、ます」 「あるのか? なんだ? なにがあった?」  やけに、必死だ。青梅関連で心配をかけている自覚は多少なりともあったが、それ以外でも山吹の様子はおかしかったのだろうか。内心で、山吹はそっと自らの行動を省みる。  しかし、桃枝の反応も当然なのかもしれない。なぜなら……。 「──ここ最近のこと、なのですが。課長のことを『好きだな』って気付いて、認めて……きちんと、両想いの恋人になってから。毎日が、その……とても、幸せです」  山吹にとって最も大きな変化は、桃枝が一緒にいてくれるからこそ起こっているのだから。  違う、そうじゃない。桃枝は咄嗟に、そう言うべきだったのかもしれない。  だが、しかし……。 「んふふっ、なんですかぁ?」 「可愛すぎるだろ、馬鹿ガキ……ッ」  こんなに可愛いことを言われて水を差せるほど、桃枝は空気が読めない残念人間なつもりはなかった。  顔を真っ赤にした山吹の頭を撫でると、すぐに照れくさそうな笑みが返ってくる。桃枝は山吹のピュアさに悶えながら、ワシャワシャと山吹の頭を撫で続けた。

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