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 失敗はあったが、最終的にはいつも通りの二人に戻れた。桃枝を見送った後、山吹は床に座り込み、ホッと安堵の息を吐く。 「ホントに、課長は優しいなぁ……」  意味もなく天井を見上げた山吹は、思わず笑みをこぼしてしまう。  怒鳴ってしまった山吹を赦してくれて、しかも優しく甘やかしてくれて……。だから山吹は、そっと俯いた。 「なんで青梅を邪険にしているのか、か」  桃枝の優しさに甘え続けることを、山吹自身が良しとしない。桃枝からの愛情を無償で受け取るような男にはなりたくないからだ。  ならば、山吹がすべきことは自ずと決まる。……そう。過去の清算だ。  青梅と再会してから、山吹は自覚ができる程度におかしくなっていた。当然だ。青梅と過ごした学生時代は、山吹が最も人間として腐っていた時期なのだから。  しかし、青梅は悪くない。言うなれば、青梅は被害者なのだ。  ──悪いのはいつだって、弱い山吹なのだから。 「もう、弱いボクを課長に見られたくない。ボクはもう、過去のボクとは違うんだから……っ」  勇気を出して、もう一度。言葉がまとまっていなくても、どれだけ無様でも、桃枝に伝えよう。  山吹と青梅の間になにがあって、どうしてお互いの態度が冷たくて、なにがいけなかったのか。それら全てを伝えた上で、桃枝だけではなく青梅にも謝罪したい。 「青梅が管理課にいるのは、あと二日。……よしっ」  青梅が他の課に研修へ向かう前に、決着を付ける。それこそ、桃枝が向けてくれる愛情に対する感謝だ。 「もうちょっとだけ待っていてください、課長」  山吹は決意を固めて、ギュッと両の拳を握った。  * * *  翌日の、仕事終わり。山吹はフラフラと、雑貨屋を眺めていた。 「うぅ、ダメだった……」  本日の山吹をダイジェストで伝えると、こうだ。  決意を固めた山吹は普段通りに出勤し、すぐに青梅を探した。どうにか二人の時間を作り、学生時代に振り回してしまったことを謝罪したかったからだ。  だが、顔を合わせるとダメダメで。山吹の決意を当然ながら知らない青梅は、いつもと変わらず朝の挨拶と同時に憎まれ口を発射。青梅の言葉が着弾した山吹はと言うと、無論、応戦。二人は口論を開始した。  さすがに周りの職員も『二人は犬猿の仲』程度の認識をしたらしい。課の長である桃枝を召喚しまいと、周りが山吹と青梅を宥め始める。  冷静さを取り戻すと同時に昨晩の決意を思い出した山吹は、ならばと昼休みを狙ったのだが……結果は、朝と同じ。挙句、スマホが『大丈夫か?』と桃枝からの心配メッセージを受信する始末。決意に対し、大敗だ。  そして定時を迎えたのだが、気付いた時には青梅の姿はなく、捕捉失敗。桃枝も別の課と打ち合わせを始めたらしく、こちらも捕捉できなかった。 「はぁあ~っ」  結果、今現在。山吹は雑貨屋に並ぶ商品棚を眺めて一人、盛大にため息を吐いていた。  青梅への謝罪が、まさかここまで難しいとは。桃枝のおかげで人として成長できたと手応えのようなものを抱いていた山吹は、謝罪ひとつでここまで難航するとは思ってもいなかったのだ。  ……だが、ただでは倒れない。山吹はグッと気合いを入れ、顔を上げた。  前後はしてしまうが、もうひとつの決意を形にしよう。そう思い直した山吹はすぐにスマホを取り出し、桃枝へのメッセージを打ち込み始める。  青梅への謝罪は明日にし、先に桃枝へ全てを話す。山吹は桃枝に『今晩会えませんか?』と、メッセージを送った。

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