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雑貨屋をウロウロすること、数分。桃枝から、誘いに乗るという主旨のメッセージが返ってきた。
山吹は頬をうっすらと赤くしつつ、感謝のメッセージを返信。それからそっと、顔を上げた。
そこで、ひとつの商品が視界に入る。
「マグカップだ」
寸胴な形の、使い勝手が良さそうなマグカップだ。どうやら二個で一セットになっているらしく、ペアで使うことを想定されている商品らしい。デザインは同じで、違いは色だけ。
こういった商品を手にするのは親子か、親友同士か、あるいは……。
「恋人、か」
ポンと、思い浮かぶのは桃枝の姿。山吹はマグカップを眺めながら、ブツブツと独り言ちる。
「恋人なら、こういうの。お揃いとか、そういうフワフワした物も……喜んでくれるの、かな」
桃枝から、お揃いのアイテムをプレゼントされたとしたら。正直、山吹は嬉しく思う。想像しただけで顔が熱くなったのだから、確実だ。
問題は、桃枝が逆の立場になった場合だが……。きっと、喜んでくれるだろう。普段の言動を見るに、桃枝もこういった【分かり易い恋人感】が好きなはずだ。
山吹はこれから、桃枝に大事な話をする。桃枝はきっと受け止めてくれるはずだが、それでも山吹としては緊張してしまう。
だからせめて、ほんの少しの勇気が欲しい。【勇気】の形は、なんだって良かった。
「……よしっ」
ご機嫌取りのつもりはないが、雰囲気の緩和くらいなら期待できるかもしれない。山吹は商品棚を眺めて、商品に手を伸ばした。
* * *
アパートに帰宅後、山吹は着替え等の身支度を終えてからいそいそとマグカップの処遇を考えていた。
「箱は、要らないかな。すぐに使ってくれるかもしれないし。……って言うか、すぐに使いたいし」
購入した、ペアのマグカップ。電子レンジも平気らしい。ちなみに、この部屋にはないが食洗器での洗浄にも対応しているようだ。機能性抜群なのは素晴らしい。
新品のマグカップを洗いながら、山吹はニマニマと口角を上げてしまう。無論、無意識だ。
「白菊さん、喜んでくれるかな……」
先ずは、二人でなにを飲もう。桃枝のためにと買ってきた上等なコーヒーでも淹れようか。
そして、今日こそ。桃枝にきちんと、青梅との関係を話そう。青梅とは元セフレで、どうしようもなかった山吹の一番近くにいてくれた同級生で、それで、それで……。
やはり、何度シミュレーションしても巧く話せるビジョンが見えない。想像でさえしどろもどろになっているのなら、いざ本番となっても結果は同じだろう。
だが、それでも山吹は逃げたくなかった。どんな言葉でも、桃枝は聴いてくれると信じたいから。
「お揃いのマグカップ、か。……ボク、変わっちゃったなぁ」
なにもない部屋に、小物が増えていく。これからいったい、なにを増やせるだろう。……どれだけの思い出を、桃枝と作っていけるのだろうか。
「今日会うの、緊張してきたなぁ~……」
だけど、不快ではない。むしろ楽しみで、待つ時間も存外、満たされていて。
「うまく話せるかは分からない、けど。でも……マグカップは、喜んでもらえるといいな」
洗い終えたマグカップに付いた水滴を拭いながら、山吹は期待と希望に、瞳を細めた。
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