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「──昨日はちゃんと慰めてもらった?」  翌日の、昼休憩時間。職場の屋上で弁当箱を広げていた山吹は、現れた青梅を見て露骨に『不快!』と顔に書いた。 「なんで屋上にボクが居るって知ってるワケ」 「なんとかと煙は高いところが好きって言うじゃん」 「あっそ」  おおかた、誰かに教えてもらったのだろう。たった三日という試用期間で青梅が管理課職員とどれだけ仲良くなったのか、山吹は傍目に知っていた。  呼んでもいなければ、許可もしていない。それなのに青梅は山吹のそばに寄り、目の前にしゃがみ込んだ。 「はい、お茶。アンタ確か、コレ好きだったろ」 「……」 「なんだよ、嬉しくないわけ?」 「うん」 「即答とか。アンタ、オレに容赦ないよな」  勘弁してほしい。今はまだ、青梅にどんな顔を向けていいのか分からないのだから。  差し出されたペットボトルのお茶には手を伸ばさず、山吹はそっと瞳を伏せる。  いったい、今回はなにが目的なのだろう。閉口をした山吹は、青梅の動きを待った。  すると意外にも、青梅はすぐに口を開く。 「アンタさ。アイツ──桃枝課長の、なにがいいわけ」 「はぁっ? なんでオマエにそんなこと──」  大切な桃枝を『アイツ』呼ばわりされたことが不愉快で、思わず山吹は鋭い視線を青梅に向けた。……向けた、のだが。 「いいじゃん、減るものじゃないんだし。……教えてよ」  呟く青梅が、悲しそうに眉を寄せている。山吹の表情は、すぐに獰猛さを失った。  てっきり、嘲笑を向けられていると。そう思っていたのに、青梅の表情はまるで……。  堪らず、山吹は拳を握る。それから、どこか青梅から目を背けるかのように、俯いた。 「……を……た。……が、好き」 「は? アンタ今、なんて言った? 全然聞き取れなかったんだけど?」 「~っ。だ、だからっ」  なにが悲しくて青梅と恋バナをしなくてはならないのか。独特の気恥ずかしさから、山吹はモゴモゴと聞き取りづらい喋り方で答えてしまった。 「──前を、向いた。……課長の目が、好きなんだよ……っ」  だから二度も、同じことを口にしてしまう羽目に。山吹は顔を赤らめたまま、そっぽを向きながら答えた。 「怖くても、不安でも。それでもたった一歩、踏み出すべきだって。その尊さを、偉大さを教えてもらったから。ボクが頑張ったら、真っ直ぐ受け止めてくれるから……だから、好き」  プイッと顔を背ける山吹を見て、青梅はどんな顔をしたのだろう。 「ふぅん? なのにアンタは、そうやってオレから目を逸らすんだ? じゃあ、ただの【ないものねだり】か」 「いちいちムカつく言い方しないでよ。怒るよ」 「どうぞご自由に?」  視線を戻した時には、青梅の表情はいつものニヤニヤと嘲笑じみた笑顔だった。  さっきの悲し気な顔は、見間違いか。どこか安堵にも似た気持ちを抱きながら、山吹は目の前に居る青梅を見た。 「あのさ、青梅。……ホントに、ごめん」 「は? いきなりなに? って言うか、なにに対しての謝罪?」 「分かってるでしょ。ボクがオマエに謝ることなんて、ひとつしかない」  そして、真っ直ぐと。 「学生の頃、オマエに……。……ホントに、ごめんなさい」  謝罪を口にした。

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