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昨日とは違い、今は真っ直ぐ届いた気がする。山吹は頭を下げながら、そう実感した。
「それが原因ってワケじゃないけど、それが原因に含まれてないワケでもなくて、さ。ボクはオマエから、距離を取って……ごめん、言葉がまとまんない。だけど、謝りたくて」
謝罪に対して、青梅はなにも言わない。きっと笑みを消して、頭を下げる山吹をただ見ているだけだろう。
その無言に、山吹は自分勝手に救われていく気がした。だから山吹は顔を上げて、青梅に対して小さな笑みを向けられる、
「それと、感謝も伝えなくちゃいけないなって。……ありがとう、青梅。ボクが欲しがったものを、なんでもくれて。青梅がいなかったらきっと、ボクはヤバい奴とかに引っ掛かって、大変な目に遭ってたかもしれない」
「まぁ、その可能性は否定しきれないかもね。学生の頃のアンタ、今と比較にならないくらい不安定だったし」
呆れた様子で嘆息する青梅と目が合い、山吹は委縮した。まったくもってその通りなので、反論ができないのだ。
黙った山吹を見て、青梅は静かな声で訊ねる。
「アンタ、もう『酷くされたい』って思わないの?」
「うん、思わない。そりゃ、セックスは多少荒々しい方が好きだけど……それは、父さんとか関係ない。ボクの性癖」
「昼間からなんてこと言うんだよ。アンタがクソマゾだってのは知ってるから、別にいいけどさ」
「マゾじゃない、怒るよ」
ムッとする山吹を見て、青梅はまたしてもニヤニヤと笑みを浮かべた。
「良かったじゃん。アンタのこと、心底大事にしてくれる奴と出会えてさ。アンタが【それ】を、信じられてさ」
「オマエには、ボクがそんなめでたい奴に見えるんだ?」
「なんだよ、違うって? 昨日、あれだけ大事にされたくせに」
すぐに、山吹は視線を落とす。
「昨日はそうだったとしても、今日も同じとは限らないよ。オマエが言う通り、ボクは自分勝手な男だから。……だからボクは、いつだってずっと不安だよ」
「マジで自分勝手じゃん。あれだけ想われて、まだ信じられないなんてさ」
「ムリだよ。……嫌われたくない、不安になりたくない、信じていたい。なのに、なにひとつ思い通りにできない自分自身が、ボクは悔しくて堪らないんだから。ホントに、自分勝手だ」
視線の先には、青梅が置いたペットボトルがある。山吹はそこに、手を伸ばせなかった。
「あの人はただ、そんなボクに『信じ続けろ』って強要も命令もしないだけ。ボクが信じられるまで、態度で示し続けてくれるだけ。……あの人がただ、スゴく優しいだけだよ」
代わりに、山吹は青梅を見る。
「──だからボクは、あの人が大好きなんだ。あの人が相手じゃなかったら、きっとボクはこうなれなかった」
顔を上げて、笑みを浮かべて。青梅に、信じてもらうために。
山吹の笑みを見て、青梅はなにかを感じ取ったのだろう。どこか気まずそうに視線を落とし、手で口を隠して。
「──もしも、オレがアンタに優しくし続けたら。アンタはオレと、どうなってた?」
青梅の声が、手のひらに溶けていく。初めから小さな声量だったこともあり、目の前とは言え山吹には届かなかった。
「……青梅? 今、なにか言った?」
「別にー、なにもー? ……って言うか、なにを言おうとしたか忘れたー。『忘れた』ってことは、そんな大した話じゃないってことじゃん? 追及するだけムダだろ、ムーダ」
「なにそれ、あっそ。なんにしても、感じ悪いなぁ」
「評価はどうぞ、ご自由に? 今はなにも響かないからさ」
なんにせよ、これで山吹は言いたいことを全て伝えられたのだ。これ以上の反論がないのなら、山吹は手製の弁当を食べたいのだが──。
「──あのさ、山吹。もう二度と、オレに謝んないでよ」
立ち上がった青梅の言葉に、山吹は眉を寄せてしまった。
「なんで?」
「うるさいなぁ。オレが『謝らなくていい』って言ってるんだから素直に喜んどけばいいだろ、バーカ」
「なんなの、ホントに感じ悪いなぁ。って言うか、いなくなるならお茶持って行ってよ」
「それはアンタにあげたから、もうオレがどうこうする義務はありませーん」
片手をポケットに突っ込み、もう片方の手を振りながら、青梅は屋上から去る。
そして、上げていた手をそっと顔に添えて──。
「──アンタが『酷くされたい』って言ったから、オレは……ッ」
もう一度、青梅は自分の言葉を手のひらに溶かした。
……無論、青梅の言動には全く気付いていない山吹はと言うと。
「このお茶、どうしよう」
やはり、ペットボトルの処遇に悩んでいた。
10章【疾風に勁草を知る】 了
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