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 まさか、睨まれて悦ぶような人間がいるとは。青梅は本気で、黒法師に対してドン引きした。  だが、黒法師としてはそんな態度慣れっこだ。むしろ、少々飽きたと言ってもいいくらいだろう。その証拠に、黒法師は肩を竦めていた。 「って言うか、ヘンタイってなに? お母さんに教わらへんかった? 人を見かけで判断したらあかんでって」 「生憎と、オレの親は標準語で喋る人だったんでね」 「えぇツッコミやね。嫌いやないで」 「どうも。ちっとも嬉しくないけど」  おかしい。突っぱねれば突っぱねるほど、隣に座る長髪ヘンタイ関西人が悦んでいる気がする。そして若干、距離が縮まっている気すらしてくるのはなぜだろう。  山吹も大概だったが、この男も青梅の理解の範疇からかなり逸脱しているようだ。青梅は現実逃避のために思わず、人との縁を繋ぐ神とやらを恨みそうになる。  青梅はバーテンダーに追加のカクテルを頼んでから、黒法師と対峙した。 「えっと、黒法師さん……だったっけ。なんの用なの、マジで」 「用は無いんやけど、たまたま入った建物の中に君が居たってところやね。知り合いが居たら声を掛けなあかんやろ、人として」 「悪くない思想だとは思うけど、相手は考えた方がいいと思うよ」 「なんでやねん。僕のことを嫌う相手に僕から声を掛けて、そこでようやく嫌悪を向けてもらえるんやろ。考えた結果、僕は君の隣に座っとるんよ? 心外や、心外」 「ヤッパリ、アンタはヘンタイだ」  つまり、構うだけ時間の無駄。ハッキリと理解し、青梅は黒法師を無視しようと心に決めた。 「──で? 君が好きでもない甘いお酒を必死に勉強しとるのは、可愛い可愛い山吹君のためなん?」  ……のだが。青梅の決意は、秒と持たなかった。  振り返ると、またしても黒法師から笑みを向けられる。青梅の反応が楽しくて仕方ないようだ。  無視をしても、しなくても。このヘンタイは、なにをしたって悦ぶ。気付くと同時に、青梅はため息を吐いた。 「だったらなに。オレから山吹を奪い取ったあの日に対して、今ここで土下座でもしてくれるの? 傷付いたアイツを見て笑ったことに対して、オレに謝ってくれるの?」 「僕、どちらと問われんくても土下座は観賞したい派なんやけど」 「じゃあ写真撮ってネットで拡散してあげるからそれを見たら?」 「ツンツンして、かわえぇなぁ。もっと嫌そうにしてや?」 「なるほど、分かった。アンタ、マジのヘンタイだろ」  こんな男に、山吹を奪われたなんて。一周回って、情けない気持ちだ。グラスに口を付けて、青梅は考える。 「……あっま」 「山吹君の笑顔とどっちが甘いん?」 「頼むからマジでどっか行ってくれない?」 「動揺の隠し方が僕好みで堪らんわぁ」  どうやら、この男は相手の神経を逆撫でし、そうして向けられる嫌悪が堪らなく好きな人種のようだ。山吹の被虐を求める思考以上に理解ができない。  グラスを置き、青梅は黒法師ともう一度対峙した。 「百歩譲ってオレを揶揄うのはいいよ。けど、その意味不明な性癖を山吹に向けるのはやめてくれない? アイツ、オレより要領悪いからマジで引きずる」 「やけに山吹君贔屓やね? 駅ではあんな下劣で低俗な糞未満なナンパをかましとったのに」 「……言うじゃん、ヘンタイのくせに」 「ヘンタイさんやから、かもなぁ」  自分はなんと言われようと、この際どうだっていい。青梅のプライドを差し出すだけで、山吹をこのヘンタイから守れるのなら、釣りがくるくらいだ。  黒法師は頬杖を突き、ニコリと揶揄うような笑みを浮かべた。 「もしかして、山吹君のことが好きやった? なぁんて──」 「──そうだよ」  自身のプライドも、恥も外聞も、どうだっていい。相手が山吹ではないのなら、どうだって。 「──オレは、山吹のことが好きなんだよ。過去形じゃなくて、今だって。アイツとセックスする前から、オレはアイツが好きなんだよ」  青梅の態度は黒法師の希望とは違い、堂々としていた。

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