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なぜだか、不思議な心地だ。山吹への好意を誰かに面と向かって伝える日なんて、くるとは思っていなかったのだから。
だから青梅は、つい喋りすぎてしまった。
「オレはさ、山吹が『欲しい』って言ったもの、全部あげたんだよ。オレには全然理解できないことでも、山吹が欲しがるなら全部あげた。山吹が求めたこと、全部あげたんだ」
「うん」
「どうしたら振り向いてもらえるのか、分からなかった。だからアイツの求めたものを、アイツの言葉通りに与え続けた。オレ頭良くないし、察するとかも上手にできないし、だから……」
「うん」
……哀れだ。黒法師から生まれる感想なんて、これだけで充分なほどに。
黒法師が抱く感想に、青梅は気付いているだろう。当然だ。青梅自身が、青梅をそう思っているのだから。
「だけど、それは口先だけで、ウソで。いや、ウソとは少し違うか。きっとそう演じないとやっていけないくらい──自分がそういう男なんだって思い込まないとダメなくらい、山吹はギリギリだったんだ。それに、オレは気付けなかった。気付こうとも、してなかった。オレは山吹に、与えているようで押し付けているだけだったんだ」
「うん」
「だけど、アイツ──山吹の彼氏は、ちゃんと気付いた。山吹が作った仮面を全部剥ぎ取って、巧く隠していたもの全部見つけて、そうしてやっと【本当の山吹】に触れたんだ。……ホンット、ズルい。ぽっと出のくせに、ズルすぎでしょ。山吹がクソオヤジに殴られて腫れた顔すら知らないくせに、ほっぺを撫でてさ。よく『好き』なんて言えるよね。いや、言ったのかは知らないけどさ」
「うん」
青梅の話を聴き、黒法師は笑みを浮かべる。実に、山吹と桃枝らしい話だと思ったからだ。
黒法師が浮かべる笑顔の理由は分からないが、おかげで青梅も笑えた。
「──だけど、オレは泣かないよ。オレはまだ、泣いていいラインに立ってないから」
ハッキリとこう言えるのも、ある意味では黒法師のおかげだろう。本人には、絶対に言いたくないが。
気持ちを口にしてスッキリしたのか、青梅の顔はどこか吹っ切れたような表情だ。そんな青梅の顔を見て、黒法師は満足そうに頷いた。
「って言うか、アンタはこんなところでなにやってんの? もしかしてココ、アンタの行きつけとか? だったらもう二度とココには来ないけど」
「辛辣やねぇ、堪らんわぁ。けど、聴いてくれる? 実はなぁ……」
この男にもなにか、吐き出したい悩みがあるのだろうか。バーに来た経緯を訊ねると……。
「──電車に乗りたかったんやけど、道に迷ったんよ。いやぁ、困ったわぁ。まさかここがバーやったなんてな、僕ビックリやわ。明日の朝までに出勤できるんかなぁっ?」
「──大ピンチじゃん!」
山吹と桃枝ならば秒で見抜けそうな経緯に、青梅は新鮮な反応を返した。
「どこに行きたいの! 今ならまだ終電に間に合うと思うから、走るよ!」
「えぇ~っ? 嫌や、帰りたくない~っ」
「子供か! 困るのアンタだろ! いいから、荷物をまとめる! 会計はオレがしておくから、トイレとかも済ませておきなよ!」
「面倒見がええなぁ」
慌てて立ち上がり、青梅はテキパキと黒法師の身支度を進めさせる。その様子に、黒法師は感心していた。
……今宵、この小さなバーで。奇妙な運命が絡み合い、不可解すぎる友情が育まれようとしたのだった。
「──それやのに、なんで山吹君に選んでもらえなかったんやろね?」
「──ヤッパリ助けるのやめようかなッ!」
……前言撤回。やはり、育まれそうにはないのかもしれない。
10.5章【壊れた時計も、1日に2回は正しい】 了
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