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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】 1

 夏、真っ盛り。  海やプールと言った上半身晒し祭りに参加する予定もなければ、山やキャンプと言ったアウトドアにも興味はナシ。  部屋で家事を済ませた後、残った時間で堕落の限りを貪り尽くす山吹にとって、夏はさほどテンションの上がる季節ではなかった。  むしろ、山吹にとって夏は少々厄介で。 「──お前の部屋、エアコンが無いんだな」  山吹の部屋を訪れていた桃枝が、ハッキリと【厄介な理由】を口にした。  金曜日の仕事終わり。これから桃枝の部屋へ泊まりに向かう山吹は、身支度を済ませつつ桃枝を部屋に招いていた。  スーツから私服に着替え終えた山吹は、小さな鞄をひとつだけ持ち、桃枝に近付く。 「ごめんなさい、ボクの部屋で会うと暑いですよね。去年までは夏の夜をほとんどホテルかエアコンのあるお部屋で過ごさせていただいていたのですが、今年はさすがに扇風機を買おうかなと思っています」  急いで近付いてきた山吹の前髪が、乱れていたのだろうか。桃枝の指が、山吹の額をそっと撫でた。 「去年までのお前はそんなに色んな奴と体を重ねていたのか? お前は可愛いから求められるのも分かるが、あまりいい気はしないな」  桃枝の顔が、いつもより険しい。慌てた山吹は、懸命に弁明を始める。 「あっ、す、すみません。でも、これからのボクは白菊さんだけの性奴隷ですっ! 暑い日も寒い日も、ボクの体を好き勝手してくださいっ! 汗まみれのセックスも寒い中で裸に剥かれるのも、白菊さんとなら四六時中エンジョイできますからっ!」 「性奴隷じゃなくて恋人だろ、馬鹿ガキが」  ツンと、額に指が触れた。優しい叱責だ、ときめいてしまう。山吹は顔を赤らめながら、無言で頷いた。  ちなみに、言うまでもなく今は夏。桃枝が無防備に素手を晒す数少ない期間でもある。桃枝から素手で触れられるのはセックスの時くらいなので、山吹としては妙な気分になりそうだ。  暑さとは違う理由で顔を赤らめている山吹の心情には気付かず、桃枝はワシャッと山吹の頭を撫でた。 「それに、暑いならいつだって俺の部屋に来たらいい。エアコン完備の好条件な部屋だぞ」 「課長……!」  仮にエアコンがなくたって、むしろ暖房機器がなくたって、桃枝が暮らすマンションの一室は最高の部屋だ。なぜなら、桃枝がいるのだから。  ……と、言える勇気が山吹にはまだ無い。それでも部屋にいつでも行っていいのだと言われた山吹は、なにかしらの言葉を桃枝に返したかった。  青梅との一件があり、山吹は気付いたのだ。自分はまだまだ、桃枝に想いを伝えきれていない。そしてまだまだ、桃枝に信じてもらえるような愛情を向けられていないのだ、と。  ならば、自分の気持ちをもっともっと分かるように伝えなくては。山吹は赤い顔のまま、パッと桃枝を見上げて──。 「──そうですよねっ! 今年の夏は課長のお部屋で汗まみれセックスをいっぱいしましょうっ!」 「──お前のその避暑とセックスがイコールって式はどうにかなんねぇのか?」  今までの軽口や下品なジョークのせいで、山吹は最低な照れ隠しをしてしまった。

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