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泣き出した山吹が必死に涙を止めようとする中、桃枝は微笑みを絶やさなかった。
「隠れてする努力ってやつも嫌いじゃねぇが、俺はどちらと言わずとも努力を見せてくれる方が好ましく思う。その方が、ありがたみが増すだろ。知らねぇもんは評価できねぇからな」
「そんな、上司と部下みたいな言い方……しないで、ください」
「そう聞こえたか? なら付け加えると、俺のために努力をしてくれるお前に惚れ直した。俺も、もっと頑張ろうと思える。互いに慢心しようとしないこの関係が、俺は誇らしい」
「小難しく惚気るのも、やめてください……。恥ずかしくて、照れてしまって、どんな顔をしていいのか分からないです……」
すんと鼻を鳴らしながらツッコミを入れる山吹を見て、桃枝は「注文が多いな」と言い、破顔する。
「困ったな。お前の決意を聴いて、俺もどんな顔をしていいのか分からねぇ。こんなに俺のことを想ってくれてるお前に返せるものがなくて、歯痒さすら感じるな」
いつもと違って、饒舌だ。そのくらい、桃枝は喜んでいるのだろう。
「なぁ、緋花。決意表明ついでに、なにか俺に甘えてくれ。今の俺は、お前の願いをなんでも叶えたい気分なんだ」
そんなの、いつものくせに。山吹は咄嗟にそう思うも、口にしなかった。不思議と山吹も、桃枝に甘えたい気分だからだ。
だから山吹はつい、無茶な【甘え】を口にしてしまった。
「──帰りたくない、です。ずっと、白菊さんと一緒に居たいです」
額を桃枝の肩に当てて、山吹は目を閉じる。
「モチロン、今すぐ帰る予定はありません。今はまだ、帰らなくていいって分かっています。でも、まだ……ずっと、一緒に居たいなって。今とても、強くそう思いました」
すぐに山吹は目を開けて、顔を上げた。
「なんちゃって。そういう話じゃありませんよね。少し待ってくださいね、白菊さん。なにか、白菊さんもビックリしちゃうようなワガママを考えますから」
山吹は今、満たされていた。桃枝がそばに居るのならいつだって満たされていたが、今日の充足感はいつも以上だ。自然と、そう思ってしまう。
「白菊さん? どうかしましたか?」
しかし山吹は、目を丸くしてしまった。先ほどまで笑みを浮かべていた桃枝が、途端に難しい顔をし始めたからだ。
眉間を寄せて、いつもと同じように──いつも以上に、険しい顔をしている。堪らず、山吹は眉尻を下げて悲し気な表情を作ってしまった。
「もしかして、おかしな甘え方をされてメーワク……でした、か?」
「そうじゃねぇよ。甘えてくるお前は可愛すぎるから問題なだけで、そこ以外はなにも問題ねぇからな」
「えっと、それは……よく、分かんないです」
「いや、それはいいんだよ。だから、そうじゃなくてだな、つまり……」
不意に、桃枝の手が伸びる。
「なぁ、緋花」
「はい。……えっ?」
伸びた手に後頭部を掴まれ、そのまま引き寄せられて──。
「──お前さえ良ければ、なんだが。……俺と一緒に、暮らさないか?」
山吹は聞き逃しが許されない距離で、桃枝からそう告げられた。
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