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 それから少し、時間が経って。 「ふふっ、えへへっ。えへへ~っ」  山吹はとても幸福そうに。そして、だらしのない笑みを浮かべて。  桃枝から貰った合鍵を掲げて、ニマニマと悦に入っていた。  飲み物を用意するために席を外していた桃枝は、戻ってくると同時に苦笑いを浮かべる。 「さっきは呪いのアイテムでも渡されたのかってくらい酷い顔色だったくせに、なんだよその顔と声」 「えぇ~っ? 変ですかぁ~っ?」 「いや、猛烈に可愛い。写真に収めたいくらいだ」 「じゃあ、合鍵と一緒に撮ってください。はいっ、ピースですっ」  上機嫌を軽く超越するほどに、上機嫌。桃枝のスマホで写真を撮られる山吹は、まるでこの世界で最も幸せな人間だと言いたげなほど嬉しそうに笑っていた。  スマホで撮った山吹の写真を眺めて頷いた後、桃枝はソファに腰を下ろす。 「そこまで喜ばれると、むず痒いな。ただ一緒に暮らすってだけなのに、期待値がデカくないか?」 「なにを言いますかっ! 好きな人とずっと一緒に居られるなんてとっても幸せなことなんですよっ!」 「そうかそうか、なるほどな。さっきまで半べそかいてたお前にも聞かせてやりたい高尚なお言葉だな」 「そんなに褒めないでください、白菊さんっ。さすがのボクでも照れちゃいますっ」 「くそッ、可愛いからツッコミが入れられねぇ……!」  頭を撫でられ、山吹はさらに上機嫌だ。  しかし、自分がどんな言動を取ったのかを忘れたわけではない。山吹は口角を上げたまま合鍵を見つめて、独り言のように呟いた。 「毎日、ホントに嬉しいんです。課長と両想いになれたことが、ホントに……」  持ち上げた合鍵を、指先でツンとつつく。 「なんだか、未だに実感も湧いてこなくて。……変ですよね? お付き合いを始めたのはずっと前のことなのに『実感がない』なんて」  それからもう一度、山吹は合鍵をそっと握り締めた。 「これから、大好きな白菊さんと毎日ずっと一緒にいられる。両想いにすら実感が湧いていないのに、こんな贅沢……いいのでしょうか」  形として示されても、それでも実感が湧かない。山吹の中に在る不安たちは、決して消え去ったわけでも、ましてや霧散したわけではないのだ。  それでも山吹は、例え【確かに存在する不安】を消せなくても。 「いいに決まってるだろ。他でもない俺が、お前にそれを望んでるんだから」  怯えや、不安。そうした負の感情を覆い隠せるほどの幸福と自信を、これから作っていこうと。そう、微笑む桃枝を見て思えた。  山吹はソファの上で体育座りをし、立てた膝に頬を乗せて、桃枝を見つめる。 「それにしても、白菊さん? 合鍵をくれた一連のやり取りが、なんだかプロポーズみたいに感じましたけど? なんちゃって」  イタズラっぽく笑う山吹を見て、桃枝は目を丸くした。  口元を手で隠し、桃枝は山吹から視線を外す。そのまま、ポソッと──。 「──プロポーズはそのうち、別の機会にするつもりなんだがな……」  まるで手のひらに溶かすよう、呟いたのだが……。 「課長? なにか言いましたか?」 「気のせいだろ」  溶かした呟きは当然ながら、山吹の耳には届かなかった。

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