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 どれだけ浮かれていようと、ハッピーで頭がいっぱいだろうと。山吹は本来、家事に対してはしっかり者なのだ。  ゆえに、許容できない。どうしても、冷蔵庫の中の惨状が受け入れられなかった。  ドンッ! 勢いよく、山吹は麦茶が残り少なくなっている容器をテーブルに置いた。 「な、ん、で! 課長はいつもいつも、コップ一杯もないくらいの量を残して冷蔵庫に戻すんですかっ!」  ドキッと、桃枝が露骨に狼狽する。それでも山吹は質問をやめなかった。 「始めの内は『そんな白菊さんもカワイイ』なんて思っていましたが、限度というものがあります! 確かにボクは母さんが父さんに向けていた母性本能を理解しかけていましたが、それでもダメなものはダメです!」 「うっ、絶妙にツッコミを入れにくい例えが出てきたな──じゃなくて! そ、それは、あれだ。その量を飲むほどじゃなくて、だな?」 「毎回ですか? そんなワケないですよね? わざとですよね? 課長はウソがお嫌いなんですよね? じゃあウソなんて言わないですよね? ね、ね、ねっ?」 「珍しく威圧的だな……」  プイッと、桃枝は山吹と麦茶の容器から顔を背けた。つまり、虚偽の発言だったのだ。  山吹は桃枝のそばで仁王立ちをし、ムンと平たい胸を張る。 「正直、麦茶を作ることは大した手間じゃないです。なので、作業自体は構いませんよ? ボクが怒っているのは、課長がボクとの約束をコッソリ破っているところです!」 「ごめんなさい、すみません」 「素直に謝るところは評価します。でも、謝罪を口にしつつ横顔に『だってメンドーくさいんだもん』と書いているので反省の色が見えません! 有罪です! ダメなものはダメですからね!」 「くっ、目敏い……!」  叱られながらも、桃枝は内心で山吹に惚れ直す。そこまで理解されていると、一周回って少々嬉しい気持ちになったからだ。  だが、そんなことは今の山吹に関係ない。眉を吊り上げたまま、山吹は小言を始めた。 「この際なのでハッキリ言っちゃいますが、課長が家事に対して少しだらしないのは同棲して三日で気付きました。なので、そこに対して期待等は全くしていません」 「随分と見限るのが早いな……」 「念のため言っておきます。家事はボクにとって全く苦ではありませんから、課長にそもそもの意識改革をさせるつもりはありません。むしろ、あまりやる気になられてもボクのアイデンティティが崩壊するだけなので困ります」 「いや、そんなことはないと思うんだが……」 「とにかく、ボクは課長に『家事に積極性を示してください』と言いたいわけではありません。と言うよりも、不慣れな人に任せるより自分でやった方がボクとしては助かります。なので、約束だけ守っていただけたら十分なのです。ボクの言い分、分かってくれましたか?」 「痛いほどに……」  桃枝の心は正直、ズタボロだ。まさか山吹に、三日で見限られていたとは……。桃枝は反省とは少し違う意味合いで、シュンと肩を落とした。  それにしても、クドクドと小言を言う山吹も可愛いものだ。新しい一面に、桃枝は思わずキュンとしてしまう。  だが、そんなことも今の山吹には関係が無い。腕を組み、山吹は気難しい顔のまま口を開く。 「ということで、ボクは閃きました。今後もしも課長が同じような態度を取る日が来たときのために、今回からお仕置き制度を制定しようと思います」 「おっ、お仕置き制度っ? な、なんだよ、お仕置きって……」  山吹はポンと、手の平を合わせた。それから、合わせた両手をスイッと離し……。 「──寝室を分けます」 「──それは勘弁してくれ!」  ついに、桃枝をソファから立ち上がらせたのであった。

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