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和解をしたのだから、桃枝は新たに麦茶を作らなくてはならない。
しかし麦茶をコップに注いだのは山吹なので、二人は一緒にキッチンへ向かった。
容器を丁寧に洗う桃枝を眺めて、山吹は唇を尖らせる。
「作れないわけじゃないんですから、最初からちゃんと作ってくださいよ。まったくもう」
「悪かった。本当に、心底猛省している」
容器に付いた泡を洗い流し、蛇口をひねって水を止め……。桃枝は特に問題点があるような素振りも見せずに、淡々と作業を進めていた。
「お前が作った麦茶の方が、俺は好きなんだがな……」
どことなくしょんぼりしながら呟く桃枝を見上げて、山吹はさらにムッと厳しい表情を浮かべる。
「課長がそう思ってくださるように、ボクだって同じ気持ちなんですよ? 課長が作ってくれた麦茶の方が、おいしく感じます」
「なんだと? そういうことはもっと早く言ってくれよ。毎日でも作ってやるっつの」
「今までメンドーがってボクにやらせてきたくせに、なにを調子のいいこと言ってるんですか。まったくもう」
「うぐっ。わ、悪かった……」
反省からか肩を落とす桃枝を見て、山吹はクスッと笑みを浮かべた。
これはこれで、同棲している感があって好ましい。そう思うと、自然に笑みがこぼれてしまったのだ。
少しだらしなくて、きちんと人間味がある。こんな桃枝の姿を、山吹しか知らないのだ。上機嫌になるなと言う方が無理に決まっている。優越感、というやつだろう。
麦茶を作り終えた桃枝は、冷蔵庫を閉める。すぐに山吹は桃枝に近寄り、ニコッと笑みを向けた。
「上手に作れましたね、課長? ご褒美に、課長さえ良ければギュッとしましょうか?」
「やめろ、この程度で甘やかすな」
「と言いながら、距離を詰める課長。……あははっ、カワイイですねぇ~」
「欲望に正直な体が憎い……ッ」
山吹が抱き締めるよりも先に、桃枝が山吹を抱き締める。どことなく必死に思えるその手つきから見るに、よほど寝室を分けられる可能性が嫌だったらしい。
桃枝はしっかりと山吹を抱き締めたまま、頬にキスを落としてきた。山吹は咄嗟に、頬をポポッと赤らめてしまう。
そんな山吹にも律儀にときめきながら、桃枝は口を開いた。
「ところで、これからも俺が麦茶を作ったら褒美をくれるのか?」
「なんですかそれ。まだ作ってもいないのに、もうご褒美の想像ですか? そんなの【捕らぬ狸の皮算用】じみていますよ」
「いいだろ、別に。作ることは確定してるんだから。……で、どうなんだ?」
「仕方ないですね、いいですよ。ご褒美、あげます。なんでもしてあげますから、これからはジャンジャンお茶を作ってくださいね?」
その瞬間。
「──『なんでも』?」
桃枝の目の色が変わった。……気がする。
桃枝の表情と言い、抱擁する腕の力が増したことと言い。山吹は途端に「あれっ?」と戸惑い始めた。
「今、確かに『なんでも』っつったな?」
「えっ? え、えぇ。言いました、けど」
「それで俺は今、麦茶を作った。なら、今の約束は適用される。……違うか?」
「はいっ? 今の分のご褒美は、ギュッとハグをしてチャラになったじゃないですか」
「一回も二回も同じだろ」
「お、横暴です……」
珍しく、強気だ。力強く抱き締められたまま、山吹は恐々と頷く。
山吹から了承を得た桃枝は、すぐに二回目のご褒美を要求した。
「今晩も、俺と一緒に寝てくれるんだろ? ならそのときに、お前の方から俺を抱き締めてくれ」
まさかそんな、ピュアな要求をされるとは。期待並びに予想と違うものの、山吹は思わず赤面してしまった。
「わ、わかっ、分かりました。今夜は、そうさせていただきます」
「あぁ、頼んだ」
こんなことでいいのか。額にキスを受けながら、山吹はちょっぴり拍子抜けしてしまった。
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