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 さて。かなり脱線したが、話を戻そう。  山吹との関係性も、同棲生活も順風満帆。そんな中、桃枝にはひとつだけ悩みがあった。  休日出勤真っ最中の桃枝が昼を迎え、朝からの高揚感や多幸感によって浮かれていた頭がようやく落ち着きを取り戻した頃。 「──はぁっ。また、ヤッてしまった……」  桃枝は事務所のデスクで、ズゥンと肩を落としていた。  いったい、なにが彼をそうしているのか。理由は、今朝の山吹だ。  あぁして朝から求められるのは、桃枝にとって不快ではない。山吹が性に正直な部分は、今に始まったことでもなかった。  ……不快でもなければ、今に始まったことでもない、のだが。  それは、同棲を始めて数日のこと。 『課長、あの。……ボクの体、準備万端です。だから、あの……』  その次の日は。 『今日、課長と夜更かししたいです。ベッドの上で、えっと……』  そしてその、次の日も。 『ボク、体を隅々までキレイにしました。だから、あの。その……』  ちなみに、昨日の夜だって。 『明日、休日出勤で寂しいから……だから、白菊さんとシたいです。……イヤ、ですか?』  山吹からの誘いが、止まらないのだ。朝も夜も問わず、頻繁に。  言うまでもなく、恋人に求められて不快なわけがない。これだけ求めてもらえるのは、むしろ贅沢だとさえ桃枝は思う。  だが、なにごとにも【限度】というものがある。桃枝は日夜連続で行うセックスにより、確実に疲弊していた。  山吹が嫌だとか、山吹とのセックスが迷惑だとか、そういう話ではない。桃枝が直面しているのはもっとシンプルに、言ってしまえば体調面の問題なのだ。  額を押さえ、グッタリとした様子で椅子に座ること、数秒。不意に、事務所の扉が開いた。  物音がしても顔を上げず、桃枝は『さてどうしたものか』と思案し続ける。すると、一人の女性が桃枝に声をかけた。 「あの、桃枝課長? お疲れ、でしょうか?」  おそらく、事務所の扉を開いた人物だろう。桃枝は顔を上げ、女性職員に返事をする。 「あ? なんでそう思ったんだよ」 「ひっ!」  憤っているわけでも不愉快なわけでもないが、思わず睨んでしまう。デフォルトな表情プラス、疲労だ。  短い悲鳴を上げたが、それでも女性職員から声をかけたのだから、ぎこちないながらも会話は続行される。 「あっ、いえ、そのっ、あのっ! かっ、顔色がっ、わ、悪いように見えた気がして、そのっ!」  言えない。『恋人と同棲を始めたのだが、毎日求められまくって体力が限界です』なんて。とても、とても言えないのだ。  そんな羞恥心と照れ隠しで再度睨んでしまったのだが、言うまでもなく、女性職員には【睨みの理由】なんて伝わらない。 「気にするな。……俺の顔がしかめっ面なのはいつものことだろ」 「それは、確かにそうなのですが──あっ、いえ! すみませんっ! ごめんなさいっ!」 「いちいち謝るな」  こんな時、山吹がいてくれたら。疲労と現状への『どうしたものか感』によって、桃枝は猛烈に山吹が恋しくなってしまった。

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