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このままでは、お互いにとってなんの利益もメリットもない不毛な傷つけ合いとなってしまう。……否。桃枝が一方的に女性職員を傷つけてしまう。
「で? なにか用事か?」
努めて、冷静に。自分なりに『怒っていませんよ』というオーラを必死に醸し出して、桃枝はデスク前に立つ女性職員を見上げた。
一度委縮してしまったからか、女性職員の顔色こそ悪くなっているのだが……それでも、会話をやめようとはしないらしい。
「用事、ではないのですが。……今日は、えっと、桃枝課長は休みの日、でした、よね?」
「あぁ、そうだ。だが、他の課の課長に急遽頼まれた仕事があったからな」
四週六休制度よりも、土日祝日を完全休みにしたいものだ。会社の制度を変える権力は無いが、桃枝は思わずそう思ってしまう。
「桃枝課長は、普段から沢山仕事を請け負っていて、それで……今日は、特に顔色が悪いな、と、思ってしまったので、あのっ」
ゴソゴソと、女性職員はなにかを取り出す。
「そっ、それでっ、あのっ。リ、リラックス効果があるお茶を、家から持ってきたので。良かったら、その、桃枝課長も一杯いかがでしょうか、と、思って……」
思わず、桃枝は驚いてしまった。まさか山吹以外の誰かから、そんな提案をされるとは。
身を案じられたことだけでも驚きなのに、さらにその上を口にされた。差し出されたティーパックを見て、桃枝は一瞬だけ目を丸くする。
だがすぐに、桃枝の表情は普段通りの重々しいものに戻った。
「自分のために買った飲み物なんだろ。だったら、自分で飲め」
リラックス効果があるということは、多かれ少なかれこの女性職員は日常にストレスのようなものを感じているということ。察知できなかったとは、上司として情けない。
その上、折角見つけた癒しまで奪うなんて馬鹿げている。あまつさえプライベートな理由で部下に心配をかけてしまって、申し訳ない。……ということを伝えたいのだが、こちらも当然ながら、伝わらない。
それでも、女性職員は手にしたティーパックをしまおうとはしなかった。変わらず、桃枝に向けてズイッと差し出したままだ。
「いえ、あの。……ご迷惑でなければ、是非」
「だから、これはお前が自分のために買ったんだろう?」
「えっとえっと、これはつまり……そう! 好きな物を共有して布教しているだけです! だから、どうぞ!」
「布教? ……そんなに好きなのか、その茶」
凄まじい圧に、さすがの桃枝も気圧されてしまう。
そこまで言われて、拒絶する理由は無い。桃枝は手を伸ばし、素直にティーパックを受け取る。
「ありがとな。家で飲む」
「っ! ありがとうございますっ!」
なぜ礼を言われているのかは分からないが、ツッコミは無粋だろう。
桃枝がしっかりとティーパックを手にした様子を見届けた後、女性職員は困り眉のまま笑みを浮かべた。
「そのお茶、ひとつでコップ三杯分は抽出できますので、良ければブッキーちゃんと飲んでください」
「そ、うか。……あぁ、分かった」
面と向かって山吹とのシェアを提案されると、気恥ずかしい。桃枝は一瞬だけ動揺を露わにしつつ、素直に頷いた。
なんだか、奇妙な気持ちだ。部下から差し入れを受け取る日がくるとは……。
桃枝は受け取ったティーパックを弁当箱を包んでいる巾着にそっとしまい込みつつ、これ以上部下に心配をかけるわけにはいかないと己を叱責し、気を引き締めた。
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