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料理や食器をテーブルに並べた後、山吹は椅子に座った。
「ボクはブラックペッパーが得意じゃないのでかけていませんが、課長の分にはかけてみました」
「みたいだな。わざわざ悪いな、ありがとう」
「えへへっ」
桃枝は椅子に座る前に、山吹の頭を撫でた。そうすると、山吹が嬉しそうに笑ってくれるだろうと思ったからだ。
どうやら山吹は、料理に関して褒められるのが好きらしい。ご機嫌取りのつもりはないが、ここまで喜んでくれるのならこれからも積極的に褒めようと思える。静かに、桃枝は決意した。
椅子に座り、桃枝は早速山吹お手製のグラタンを食べようとする。
「それじゃあ、遠慮なく。いただ──」
「──ちょっと待ってください!」
が、なぜか山吹に止められてしまった。両手を合わせた状態で桃枝は一度、静止する。
なにか、気に食わない点でもあったのだろうか。桃枝は内心でかなり驚きつつ、普段の仏頂面で山吹を見た。
「休日出勤とおつかいを頑張ってくださった課長に、ご褒美です。このグラタンに、ボクが魔法をかけます」
「……魔法?」
まさか、たった一日放置しただけで気でも触れたのか。桃枝はついに、内心で抱いた驚きを表情にも反映させる。
しかし、なぜか山吹は自信に満ち溢れた顔をしていた。自分の発言に大いなる自信があるのだ。『桃枝は喜んでくれる』という、絶対的な自信が。
山吹は立ち上がり、桃枝の隣に移動する。それから、両手を動かして──。
「──おいしくなぁれっ」
「──んぐッ!」
手で大きなハートを作った後、山吹は料理に【魔法】をかけたのだ。
おかしい。グラタンに対する魔法のはずなのに、桃枝にクリティカルヒットした気がする。これは桃枝を撃退するための攻撃魔法なのか? 妙な疑問を抱きながら、桃枝は胸を押さえて呻き始める。
「さぁ、どうぞっ。召し上がってくださいっ」
しかし、山吹は活き活きとしているだけで桃枝のダメージには気付いていない。桃枝は急いで、食器を手に取った。
「あ、あぁ。いただき、ます。……ん、ウマい。おいしいぞ」
「なによりですっ」
山吹は桃枝の隣に立ったまま、ニヤリと口角を上げている。
「課長って、こういうベッタベタにベタなことがお好きなんですもんね? どうです? 図星でしょう?」
ニマニマと笑っているその表情は『したり顔』とも言えるだろう。すぐに桃枝は食器を置き、隣に立つ山吹を見た。
「あぁ、好きだ。好きだぞ」
「そっ、そんな圧を込めた目で好意を告げられても……」
好意はしっかり告げよう。ついでに、こうして肯定したならば、もしかするとまたやってもらえるかもしれない。下心と打算にまみれながら、桃枝は真顔で頷いた。
強い圧に驚きつつ、山吹は自分の椅子に戻っていく。その間にもう一口、桃枝はグラタンを食べる。
「ところで、このホワイトソース? ってやつは、市販で売ってるキットみたいなものを混ぜて作ったのか? 結構、好みな味なんだが……」
「えっへん! 正真正銘、ボクの手作りですよっ」
「ホワイトソースってのは手作りできるものなのか? 悪い、知らなかった。……そうだったのか。本当に凄いな、お前は」
「もっと褒めてくださって構いませんよ~っ」
平たい胸をムンと張る得意気な山吹を見て、またしても桃枝の胸はギュンと詰まったのだが……。そこはなんとか、グラタンと共に飲み込んだ。
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