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 食事を続けながら、桃枝は質問を重ねる。 「それにしても、手作りか。……どうやって作るんだ?」  桃枝がそこまで気に入ってくれたのが嬉しいのだろう。山吹は笑みを浮かべながら、質問に答えてくれた。 「牛乳とか、バターとか……家にあるもので簡単に作れますよ。良ければ今度、作り方をお教えするので一緒に作りましょうか?」 「いや、いい。お前の作ったコレが、俺は好きなんだ」  即答すぎる桃枝に、山吹は苦笑する。 「またそうやって、料理を毛嫌いする。課長って、家事には積極的ですけど料理だけは避けますよね? まぁ、お世辞やおべっかだとしても、褒められて悪い気はしませんが」 「世辞でも口先だけでの褒め言葉でもねぇっつの。本心だ」  だが、確かに料理を任せきりにするのは気が引けた。料理はどうにも好きになれないのだが、そんな理由で同棲生活中の山吹に負担をかけたくない。 「だが確かに、料理をお前に任せっきりにするのも変な話だよな。……せっかくだ。明日は、俺がなにか料理を作──」 「えっ! いっ、イヤですっ! ボクのアイデンティティを奪わないでくださいっ!」 「お、おぉ? そ、そうか……?」  なぜか、桃枝が料理をしてしまう方が負担らしい。なぜだろう。  なんだかんだと言いつつ、山吹は料理が好きらしい。そう解釈しよう。 「だが、料理が苦になったら言ってくれ。お前と俺の生活なのに、お前だけがなにかを強いられるのは本意じゃないからな」 「そんな日は来ないと思いますけど、分かりました。体調が悪いときとかは、素直に頼らせていただきますね」  グラタンだけではなく、サラダも美味だ。ゴボウのサラダを食べつつ、桃枝は頷く。  しかし、山吹から放たれた『体調』という言葉を聴いて、桃枝はピンと【とあること】を思い出した。 「そう言えば今日、リラックス効果がある茶を勧められたんだったか。鞄の中にしまい込んだままだったのを今思い出したから、取ってくる」 「……えっ?」  立ち上がり、桃枝は出勤用の鞄からティーパックを入れた巾着を取りに移動する。  すぐに食卓テーブルのそばに戻ってきてから、桃枝は山吹にティーパックを見せた。 「ほら、これだ。確か『これひとつでコップ三杯分は抽出できる』とか言ってたな。後で一緒に飲まないか?」 「そう、ですか。……はい。いただき、ます」  山吹の表情が、暗い。違和感に気付いた桃枝は、すぐに山吹を見つめる。  どうやら山吹は、桃枝の視線に気付いたらしい。暗い顔を上げて、桃枝の目を見つめ返したのだから。 「……課長、お茶を貰ったんですね」 「ん? あぁ、貰ったが──……ハッ!」  相槌を打つ途中で、桃枝にピシャリと衝撃が奔った。  衝撃が奔った──言い換えると、桃枝が【あること】を思い出したのは、山吹が言っていた『お茶』という単語がきっかけだ。 「──断じて浮気ではない! この通り、ティーパックだって持って帰ってきた! お前が言う『お茶をする』って行為はしてないぞ!」  それは、少し前。桃枝が金融課の課長と立ち話をしつつコーヒーを飲んだ、あの件について。……嫉妬をした山吹がなんともキツイお仕置きをしてきた日のことを、桃枝は稲妻のような衝撃と共に思い出したのだ。  必死に取り繕う桃枝を見て、山吹は一度、ポカンと間の抜けた表情を浮かべてしまう。  それから山吹は、桃枝を必死にさせている【なにか】の正体を思い出した。 「えっ? ……あ、あぁ! 前にボクがお仕置きしたアレのことですか?」 「そうだ! だから機嫌を直してくれ! 頼む!」 「そこまで必死になるほど、あのお仕置きが応えたんですね……」  絶頂の寸止めに対して平気な顔ができるなんて、人間ではない。桃枝はゾッとしながら、なんとか山吹に機嫌を直してもらおうと慌てふためく。  だが、山吹はヘラリとどこか気弱な笑みを浮かべた。 「怒っていませんよ。ホントです」 「本当か?」 「はい。こんなことでウソなんて吐きませんよ」 「そ、そう、か? ……なら、いいんだが」  取り越し苦労、というやつだったのか。桃枝はホッと胸を撫で下ろした後、椅子に座り直した。 「いただいたお茶は、食後に淹れますね。どんな味なのか、楽しみです」 「そうだな。やけに強く勧められたから、よほど好きなんだろう」  なにはともあれ、問題がないのならそれでいい。桃枝は安堵しつつ、山吹が作ってくれた夕食を食べ進めた。

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