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運動の後に山吹からの誘いを断れず、なし崩し的にセックスをした翌日の夜。
「山吹、聴いてくれ。俺は今から、情けない話をするぞ」
日曜日の夜でもある今宵、桃枝はソファに座る山吹へそんな話題の振り方をしていた。
さすがに、山吹もビックリしているらしい。愛らしい瞳が、くりっと丸くなっているのだから。
「さすがのボクも、初めて聞いた話の導入ですね。逆に気になりますので、お願いします」
そう真っ直ぐ見つめられると、決心が揺らぐ。なぜなら桃枝は、本当に【情けない話】を始めるつもりなのだから。
一直線に注がれるピュアな瞳に耐えきれず、桃枝は山吹からそっと視線を外してしまった。
「実はだな、山吹。俺はお前みたいに若くない。徹夜はできないし、夜更かしするのもできれば毎日は避けたい。事務職だからと言い訳をするつもりはないが、体力もアスリート級にあるわけじゃねぇんだ」
珍しく、饒舌だ。それもあってか、山吹は桃枝の言葉がうまく呑み込めなかったらしい。
「えっ? えっと、つまり?」
戸惑う山吹も愛らしいが、今は悶えている場合ではない。
一呼吸置き、桃枝は意を決して、山吹と向き合った。
「──端的に言うと、毎朝毎晩のセックスで俺の体力は限界だ」
「──なんと……!」
山吹が、衝撃を受けている。その反応を見て、桃枝の中に残るちっぽけな【男のプライド】も衝撃を受けてしまった。
不能に成り果てたわけではないが、気持ちとしてはそのくらい惨めで仕方がない。だが、桃枝は話題と要求の撤回をするつもりはなかった。
桃枝は、すぐに【伝えたい言葉】への繋ぎを伝える。
「だがこれは、お前とのセックスが嫌なわけじゃない。お前とのセックス、俺は好きだぞ。素直に認める。お前の体は本当に凄まじく凄い。お前自身も猛烈に可愛くて、可愛い」
「いつも以上に語彙力が……」
「だが、体力の衰えってものをどうか赦してほしい。不能というわけではないんだが、本当に……本気で、分かってほしい」
「な、なるほど。これは確かに、男としては【情けない話】になるのかもしれませんね……?」
真剣な表情を浮かべ続ける桃枝から、ついに山吹は視線を外してしまった。
「──なんだか、あの……そんなことを言わせてしまって、ごめんなさい」
「──やめてくれ。本気で惨めになる」
胸が痛い。『山吹を傷つけたのでは?』という理由ではなく、男として胸が痛いのだ。
気を取り直すために一度、桃枝は咳払いをする。それを聞いて、山吹は逸らしてしまった目線を桃枝に戻した。
「とにかく。……えっと。そうとも知らずに、毎日襲ってしまってすみませんでした」
「いや、いいんだ。お前に求められて嫌な気はしない。むしろ、嬉しかったんだ。迷惑なんかではなかった。本心だ、信じてくれ」
「はい、信じます。ボクを傷つけたくなくて、だから言えなかったんですよね。ありがとうございます、白菊さん。それと、ごめんなさい」
「俺の方こそ、分かってくれてありがとな。それと、悪かった」
お互いにペコリと頭を下げ合ってから、どちらとも顔を上げる。
「だから、と言うつもりはないが、その。……しばらく、セックスはナシでもいいか?」
「分かりました。課長のお体が第一ですからねっ」
意外にも、すんなりと話が通った。こんなことなら、もっと早く告げるべきだったかもしれない。桃枝は今さらながらに、そう思った。
「本当に悪かったな、こんな情けない話をして。同棲する時に『可能な限り毎日する』とは言ったが、無理だった。本当に申し訳ない」
「えっ、そんな深々と謝らないでくださいっ! あれはボクも言ってみただけで、三割冗談でしたからっ!」
本気の割合が多いな。……というツッコミは、当然ながら飲み込む。
桃枝は山吹の手を握り、甲にキスを落とした。
「俺が誘うまで、待ってくれるか」
「っ。……はい、分かりました」
山吹の顔が赤らむと妙な気になりそうだったが、ここで手を出しては腹を割って話した意味がない。桃枝はただ、山吹の頭をくしゃっと撫でるに留まった。
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