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 それから、数日。山吹は約束通り、桃枝を誘わなくなった。  頭を撫でたり、抱き締めたり、キスをしたり……。そうした触れ合いだけでも幸せを感じる桃枝は、心身ともに穏やかな日々を過ごしていた。  山吹も山吹で、きっと同じ気持ちなのだろう。強引に行為を迫ることもなければ、朝方や夜中にこっそり襲ってくることもない。実に健全な同棲生活だ。  そのおかげ──と言うわけではないが、桃枝はすっかりいつもの調子を取り戻していた。 「ただいま」 「おかえりなさい、白菊さんっ。いつも残業、お疲れ様ですっ」 「なぜだろうな。お前と暮らすようになってから、帰ってくると疲れが全部吹っ飛ぶ。だから、あまり『残業をした』という感覚がない」 「と言いながら、ボクに抱き着かないでくださいよ。『なぜ』って言わなくたって理由は分かっているんじゃないですか?」  なるほど、山吹セラピーか。桃枝は深く、納得した。  帰宅後に山吹を抱き締め、山吹を吸う──もとい、山吹を堪能する。すっかり帰宅後の恒例行事となったこの触れ合いだが、山吹にとってはまだまだ慣れはこないらしい。 「もう、白菊さん。またボクのこと嗅いでますよね?」 「山吹の匂いだけじゃなく、今日は香ばしくていい匂いがするな。晩飯はなんだ?」 「焼きギョウザです。それと、ピーマンを煮付けたものもありますよ。ネットで見つけたので、挑戦してみました」 「そうか、楽しみだ」  一段と料理に対する探究心が上がっている気がする。やはり、自分以外にも料理を食べる相手がいるとやり甲斐のような気持ちが発生するのだろうか。  理由はなんであれ、とにもかくにも【料理を作って、桃枝の帰宅を待っていてくれた】という事実がある。桃枝はすぐに、山吹に感謝のキスをした。 「え、っ。いっ、いきなり、キスなんて……っ」  山吹の頬が赤く染まり、その様子を見ていた桃枝の胸がキュンと高鳴る。  だから桃枝は、山吹との物理的距離をさらに縮め始めた。 「緋花」 「白菊、さん……?」  そろ、と。山吹の腰を、優しく撫でる。すると、すぐに山吹の体がピクリと跳ねた。 「今日も好きだぞ、緋花」 「んっ、白菊さん……。ボクも……好き、です」  もう一度キスをすると、山吹からの好意が返ってくる。言うまでもなく、桃枝の胸は再度、高鳴った。  やはり桃枝は、何度だって思ってしまう。山吹からの好意が嬉しい、と。  きっとそんな気持ちが、桃枝の体を無意識に動かしてしまったのだろう。山吹の腰を撫でていた桃枝の手が、ゆっくりと下方へ移動していく。 「あ、っ。……っ」  体を小さく跳ねさせた山吹が、堪らず声を漏らす。それから、まるで縋るように、桃枝が着るスーツを山吹は掴んだ。  だが、その瞬間──。 「──っ! わっ、悪いっ!」  ──桃枝は、弾かれたかのように山吹から距離を取った。  危ない。山吹が動かなかったらきっと、桃枝はこの場で山吹を襲っていたことだろう。異様なほど騒ぐ心臓をどうにか落ち着かせながら、桃枝は山吹から視線を外す。 「あー、っと。な、なんだったか。……今日も、晩飯を作ってくれたんだったな。いつもありがとな、山吹」 「えっ。……あ、いえ。大丈夫、です」 「お前手製の焼き餃子、だったよな。食べるのが楽しみだ。……っと。先に着替えてこないとな」 「っ。……はい。そう、ですね」  当分のセックスはナシと言ったくせに、玄関先で襲いかけたなんて。桃枝は己の行動を恥と思い、まるで逃げるように山吹から離れ、玄関から移動を始めた。  山吹から視線を外していたのだから当然、桃枝は気付かない。 「……っ」  山吹がそっと、拳を握った姿に。

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