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 プライベートが穏やかだからか、仕事も捗っている気がする。最近の桃枝は当社比、絶好調だ。  だが、そう。強いて問題を挙げるとすれば【恋人を誘う期間と頻度の答えが見つかっていない】という点のみ。  答えが分からないのだから、なにも行動ができず……。そのまま、最後に山吹とセックスをしてから二週間経過している点だけだ。  ……そんな、ある日のこと。 「桃枝課長。そちらの書類、よろしければ自分が持って行きましょうか?」  決裁書類を別の課に持って行こうとしていた桃枝に、そう声をかけてくる男性職員が現れた。  管理課で主任職に就く彼は、あまり桃枝に声をかけてこない男だ。……そもそも、言うまでもなく桃枝に好き好んで声をかけてくる相手は山吹だけなのだが。  移動のために椅子から腰を浮かしかけていた桃枝は、デスクを挟んで目の前に立つ男を見上げて眉を寄せた。 「なに言ってやがる。これくらい、自分で行ける」 「自分もその課に用事があるので、ついでですよ」  今までそんなこと、提案されたことがない。桃枝の眉間に刻まれた皺がより深くなるのは、当然の反応だろう。  まさか他の課の人間に会わせられないほど、今の自分は酷い顔をしているのだろうか。桃枝は悩んだ末に、浮かしていた腰を落とした。 「……分かった。なら、お前に頼む」 「承りました。お任せください」  体力は回復し、愛しい恋人との同棲生活に気分が良く、日常生活に不満な点なんて思いつかないと言うのに。桃枝は書類を部下に渡した後、こっそりとため息を吐いた。  言うまでもなく、桃枝から書類を受け取った男は桃枝のため息に気付いていない。そして、周りの職員も気付いていなかった。 「……」  気難しい顔をして桃枝を見ていた、山吹を除いて。  * * *  部下に余計な心配をかけてしまうとは、情けない。就寝前に桃枝は、今一度猛省していた。  こんな時は、山吹に癒してもらおう。同じベッドで寝ることに違和感がなくなってきたらしい山吹が、先に寝転がっていた桃枝の隣にそろそろと近付く。 「緋花。抱き締めてもいいか?」  スキンシップに過剰な反応を示す山吹を身勝手な理由且つ無断で抱き寄せるのは、なんとなく気が引けてしまう。ベッドの上だと、余計にだ。  それでも、山吹は『いいですよ』と言ってくれるだろう。返事が分かっていながら、桃枝は隣に寝転んだ山吹に訊ねる。  だが……。 「──今日は、イヤです。ボクに、触らないでください」 「──えっ」  山吹が、申し訳なさそうに桃枝を拒絶したではないか。  すぐに桃枝は、ガバッと勢いよく上体を起こす。 「な、っ。そ、それは、あれか? 俺が、嫌いになったとか……俺に触られるのが、嫌になったとか、なのか……?」  訊ねておいてなんだが、ここで肯定されたら立ち直れそうにない。桃枝は愕然としながら反射的に投げてしまった問いを後悔し始める。  山吹は桃枝から貰ったパンダのぬいぐるみ──シロを抱いて、どこか悲しそうな目で桃枝を見上げた。 「──ボクは、白菊さんに触られると困るんです。だから、ダメなんです」 「──ッ!」  まさかの、肯定。部屋の灯りを消しているという理由は関係なく、桃枝は目の前が真っ暗になりそうだった。

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