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桃枝が、黙ってしまった。
そこでようやく、山吹は『自分の返事に語弊があった』と気付いたらしい。
「……あっ! 違います、違いますよっ? 白菊さんに触られるのがイヤとか、白菊さんを嫌いになったとか、そういう意味ではないんですっ!」
「……。……っ」
「わぁ~っ! ごめんなさいっ、ごめんなさい~っ!」
ショックが大きすぎたせいで、桃枝が完全にフリーズしてしまっている。山吹は桃枝の腕を掴み、グワングワンと桃枝の体を前後に揺らし始めた。
「違うんです! 白菊さんのことは大好きで……むしろ、大好きすぎるから、その……っ」
「だ、い……す、き?」
鼓膜を揺する甘美な単語に、ようやく桃枝の思考は動きを再開する。
「……俺のこと、大好きなのか?」
「はい、大好きです。世界で一番大好きで、二番も三番も白菊さんです」
「そ、そうか。ありがとな、緋花」
思いがけず貴重な告白を受けた。ある意味、棚ぼた展開だ。思わず桃枝は、頬を赤らめてしまった。
だが、それならなにが問題なのだろう。桃枝は山吹を見つめる。
「だったら、どうしてお前に触れちゃいけないんだ?」
「それは……」
至ってシンプルな問いのはずなのに、なぜか山吹は答えを言い淀んでしまった。
暗さに慣れた桃枝の目は、山吹の動きを視界に捉える。桃枝を見ていた山吹が、俯いたのだ。
山吹は言いにくそうにしながら、答えに詰まって……。それから、ようやく──。
「──白菊さんに、ギュッとされると……触れられるだけで、ボクの体は熱くなっちゃうんです。だから、白菊さんはボクに触っちゃダメです」
返された答えを受けて、またしても、桃枝はフリーズしてしまった。
山吹の返事を受け止めて、考えて、考えて……。
「……つまり?」
「だから、つまり、その。……イケナイ気持ちに、なっちゃうんです」
尻すぼみになっていく言葉も受け止めて、桃枝はようやく理解する。
「……あっ。そっ、そういうこと、なのか?」
──山吹が桃枝からの接触を拒否したのは、桃枝のためなのだ。……と。
それは確かに、山吹も言い淀んでしまう答えだろう。察しの悪い己を呪いながら、桃枝は意味もなく自らの頭を掻いた。
山吹が桃枝を拒絶しているのは、なぜか。桃枝が『セックスは当分ナシだ』と言ったからだ。
それなのに、山吹のお願いを断って好き勝手に抱き締めるのは……さすがに、酷すぎる。それは桃枝が思い描く山吹との関係性とは、あまりに遠い。
「……分かった。なら俺は、お前に背を向けたらいいんだな」
だから、この答えでいいはず。桃枝の返答を聴いた山吹が頷いたのだから、この考えは正しいはずだ。
「ボクから抱き着くのは、許していただけますか?」
「あぁ、勿論だ。いくらでも好きなだけくっついてくれ」
「ありがとうございます。……それと、堪え性のない男ですみません」
「いや、大丈夫だ。俺の方こそ、無神経で悪かった」
なんとなく、気まずさは残るが……。それでも山吹からくっついてくれるのなら、嬉しい展開なのには変わりない。
約束通りに山吹へ背を向けて、桃枝はベッドに寝転んだ。
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