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 他人からの評価や、向けられる気持ち。そういったものに疎いという自覚は、子供の頃からあった。  それでも桃枝が真っ直ぐと立っていられたのは、自己評価の正確性に自信があったからだ。  自分は愛想がなく、人として付き合いづらく、他者から好かれるようなタイプではない。……そう、桃枝は分かっていた。  この評価を裏付けるように、桃枝は部下から距離を取られ続けていたのだ。当然だろう。桃枝白菊という男は、確かに【好かれるタイプ】の男ではないのだから。 「課長は少し──だいぶ、他人からの【善意】に鈍いんだと思います」  それでも山吹が──桃枝白菊という男を変えてくれた男が、そう言うのなら。桃枝はいつの間にか伏せてしまっていた瞳を、山吹に向ける。  そして、手を伸ばして……。 「──それが事実なら、管理課をそうしてくれたのはお前だよ」  山吹の後頭部をそっと掴み、引き寄せてから。桃枝は、山吹の額にキスをした。 「ありがとな、山吹。……その、なんだ。悪い。今は、いつも以上に言葉が出てこない。胸がな、いっぱいなんだ。だから、悪い。……だけど、そうだな。ありがとな、本当に」  正直に言うのなら、実感がない。まさか自分が、部下から慕われるような──善意を向けられるような男に、なっていたなんて。  現実味がジワジワと押し寄せていく中、桃枝は困惑する。それでも山吹に『なにかを伝えたい』という気持ちばかりが先行し、結果、しどろもどろになってしまう。  戸惑う桃枝を見て、山吹は慌てて顔を上げた。 「そんな、ボクはなにも──……っ」  口を開き、否定の言葉を紡ごうとして。……山吹はすぐに、閉口してしまった。  嬉しそうに、はにかんで。みっともない顔を晒したくないから、表情を硬化させようとして。だからこそ余計に、非常に、情けない顔をしている。目の前の桃枝が見せる様子を、目の当たりにして……。 「……はい、課長。そのお言葉、ありがたく頂戴しますね」  まるで聖母のように温かく、慈しみを込めたような眼差しで、桃枝を見つめてしまった。  桃枝は徐々に顔を赤らめ、手の甲で口元を隠す。依然として「いや、その、なんだ」と口ごもっている。  嬉しくて、困惑して。桃枝の胸の内がダイレクトに伝わってくるような様子を見て、山吹は笑みを浮かべた。  それから、山吹は笑顔のまま、口を開く。 「でも、これで納得です」 「『納得』? なににだよ」 「課長が、マグカップを割った理由ですよ」  笑顔のまま切り出された話題に、桃枝は驚いてしまう。なぜならその話題は、笑顔で話せるような内容ではないはずだからだ。  それなのに山吹は、笑っている。 「課長は自分に向けられる愛情に鈍感で、それでいて自信がないんですよね」  笑って、桃枝の頭をヨシヨシと撫で始めたのだ。 「だから部下の気持ちにも気付けなかったし、ボクがなにかを突然プレゼントするとも思えなかった。……違いますか?」 「いや、それは……」  咄嗟に、巧い相槌が思いつかない。桃枝は一度、分かり易く閉口した。

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