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 頭を撫でられながら、落ち着かない話題を投げられて。桃枝はただ、口を閉ざす。  だが、答えなくては。桃枝はなんとか、思考をクリアにする。 「……そう、だな。お前に言われるまで俺は、可能性のひとつとしても『マグカップが俺とお前の物』とは、思えなかった。思い、つかなかった」 「はい。そうですよね」 「おかしいよな。俺はお前が好きで、お前が俺を好きだってことも知ってる。お前を信じていて、お前からの愛情を疑っているつもりもないのに……」 「えぇ。そうですね」  なぜ、あんなことをしてしまったのか。桃枝は静かに、己へ問いかける。  自惚れて、痛い奴だと思われたくないから? いいや、違う。己の情けない姿を山吹に見られるくらい、山吹の想いを無下にしてしまうより遥かにいい。  状況が状況だったとも思うが、それにしたってマグカップを割ったのは酷すぎる。いくら青梅の発言によって余裕が削がれていたとしても、あんまりだった。  そんな苦悩が、顔に出ていたのだろう。 「課長の気持ち、分かります。ずっとずっと、ボクもそうでしたから」  桃枝の後悔と自責を見て、山吹は微笑む。 「ボクも、課長への気持ちを認めるまではそうでした。信じているのに信じられなくて、分かっているのに認められなくて……。だから、いいんです。責めるつもりはありませんよ」 「山吹……っ」  目を、見られない。桃枝は思わず、山吹の微笑みから目を背けてしまう。 「だが、俺は……」  なにを言って、なにを伝えたいのか。またしても桃枝は、閉口してしまう。  だが山吹は、そんな桃枝すら責めない。 「課長が、悪意を理由になにかをする人じゃないって。ボクはそう、知っています。色々な不幸が重なってしまったんだって……ボクはそう、落としどころを見つけましたよ?」 「山吹、お前……」  あんなに、他人からの好意に怯えていたのに。  どうして、どうして、と。桃枝は、胸が詰まる。 「お互い、ダメですね。自分に自信がなくて、困っちゃいました」  どうして山吹は、笑ってくれるのだろうか。  考えて、笑顔を見て、考えて……。桃枝は、やっと理解した。 「でも、今度からは行動する前に確認してくださいね? いくらタイミングのせいとはいえ、悲しかったのは悲しかったんですから」  山吹は、桃枝を信じてくれている。  そして桃枝が、山吹を信じてくれている、と。そう、山吹は思ってくれているのだ。  強がりでも、空元気でもない。山吹は純粋に『桃枝への理解を深めた』と思って笑い、その喜びを桃枝と分かち合おうとしているのだ。  山吹が、気付かせてくれたこと。今まで全くの盲点だった事柄と直面し、桃枝は頭の中で『どんな顔をすれば良いのだろう』と悩む。  ……悩んでいる、はずだったのだが。 「あぁ、分かった。今度こそ、俺はお前を傷つけたりしない。今度こそ俺は、お前が胸を張れるようないい彼氏になってやる」  無意識のうちに、笑ってしまっていたらしい。山吹の瞳に映る男が、そんな顔をしているからだ。 「ふっ、ふふっ。あははっ! 相変わらず、白菊さんはキザですねっ」 「うぐっ。そ、そうか?」 「そして、相変わらず鈍感さんです。白菊さんはもう、ボクが胸を張って自慢したくなっちゃうようなステキなカレシですよ?」 「うぐッ! そ、そうか……!」  結局、山吹には敵わない。桃枝は胸を抑え、呻いて、文字通り痛感した。

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