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まさか、こんなタイミングで青梅と遭遇してしまうとは。山吹はなんとも言えない表情を浮かべてから、顔を背ける。
「前、見てなかった」
「だろうね。じゃなきゃ、アンタがオレとエンカウントするとか考えられないし」
「返す言葉もないよ」
「その返しがそもそもおかしい気もするけど、まっ、いいや」
青梅は後頭部を掻き、それから山吹を見下ろした。
「なんか、顔色悪くない? 好きな人にでも振られた?」
「怒るよ」
「なんだ、怒る元気はあるんだ」
的確に山吹の気分を害する発言ができるのは、さすが青梅とでも言うべきだろうか。
ふと、山吹は気付く。ここには今、二人きり。山吹が妄言を口にしたところで、聞いているのは青梅だけだ。
ならば、と。山吹は不安を払拭するために、口を開いた。
「──オマエさ。ボクのこと、どう思う?」
「──ハァッ?」
青梅からしたら、たまったものではない質問を投げるために。
山吹は、青梅の気持ちを知らない。欠片ばかりも『自分がそういった対象だ』と思っていないのだ。
だからこそ山吹は、ある意味で青梅だけが特別なのかもしれない。青梅だけが、ある意味で友達なのだろう。……これは山吹にとって、完全に無意識だが。
しかし、山吹は決して『好き』と言われたいわけではなかった。なぜなら……。
「なんか、今……グチャグチャ、してるんだ」
俯いた山吹を見て、青梅は察する。これは、自分が思っているような話題ではなかったのだ、と。
察するのが早かったからこそ、青梅は思考の舵をすぐさま切り直す。
「グチャグチャって、なにが?」
「なんだろう。……なん、だろう」
「あのさ? アンタ自身が分からないことを、なんでオレが分かると思ったわけ? 世界が自分中心で動いている物語の主人公にでもなったつもり? 痛すぎでしょ」
「……うん、そうだね」
本当は『ごめん』と続けたかったが、青梅との約束でそれは言えない。青梅は二度と、山吹に謝られたくないのだから。
山吹は、片足を後ろに向けてそっと擦る。
「今の、忘れて。なんて言うか、その……ただの妄言、だから」
「どちらかと言えば『失言』に聞こえたけど?」
「オマエのそういうところ、ヤダ」
「知ってるー」
つまり、わざとだ。そうした方が、山吹のためになると分かっているからだろう。山吹はどうにも、青梅のことが嫌いになりきれなかった。
「……ボク、お昼ご飯食べてないんだった」
「ふーん。なら、弁当箱を取りに行かないとだな」
「うん。……じゃあね」
「はいよ」
なんて無意味な時間を過ごさせてしまったのだろう。山吹は思わず、シュンとしてしまった。
どこか、落ち込んだ様子の後ろ姿。横を通った山吹を見て、青梅は眉を寄せた。
「くそっ。……なァ、山吹!」
「えっ、なに。いきなり怒鳴らないでよ」
隣を過ぎて、すぐ。怒鳴るように呼ばれた山吹は、青梅を振り返った。
すると……。
「アンタのことがすっ、好き、とか。嫌いとか、そう言うのはアレだけど、でもさ! ずっと、アンタに言いたいことがあったんだよ!」
青梅の、真剣な顔が見えた。
「──その頭、似合ってんじゃん!」
学生時代の山吹は、黒髪。入社してから髪を染めたのだ。
なぜ突然、そんなことを。そう思いながらも、山吹は堪らず笑ってしまう。
「あはっ、ナニソレ? オマエらしくないじゃん。どんなご機嫌取り?」
「別に! オレはどこぞの似非マゾと違って素直なんだよ!」
「ヤッパリ、オマエってすっごくムカつく」
山吹は青梅を振り返って、伸ばした後れ毛を両手でそっと握った。
「でも、ありがとう。ボクもこの髪、気に入ってるから」
そう言い、今度こそ山吹は事務所に向かう。
去っていく山吹を見て、青梅は乱暴な手つきで後頭部を掻いた。
「ったく。アイツの彼氏様はなにやってんだよ、マジで」
ぼやいた後、青梅は思い返す。つい先ほど向けられたばかりの、山吹の笑顔を。
それから青梅は、両手で顔を覆った。
「あぁ、クソ! ヤッパリ、諦められねェ……ッ!」
再度、ぼやくために。
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