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 弁当箱を持ち、屋上で昼食を取る。  我ながら、今日も上手に料理ができた。同じものを桃枝も食べてくれているのだと思うと、ほんの少しだけ気持ちに余裕ができる。食べ終えた弁当を片付けた後、山吹は顔を上げた。  流れる雲をぼんやりと見上げながら、山吹はポケットの中からスマホを取り出す。 「あっ、課長からメッセージだ」  そこで、ようやく気付く。昼休憩が始まってすぐに、桃枝がメッセージを送ってくれていたのだと。  こんなことにも気付かないなんて、やはりどうかしている。不甲斐なくて、情けない。そう思ってしまうと同時に、山吹はブンブンと首を横に振った。  己に『マイナス思考はダメだ』と言い聞かせた後、山吹はスマホに送られたメッセージを確認する。そこで、堪らず山吹は泣いてしまいそうになった。 『大丈夫か』  メッセージは、たったそれだけ。短くて、実に桃枝らしい。送信時間が休憩時間な部分も含めて、桃枝らしかった。  見ていて、くれたのだ。夜中からずっと、桃枝は山吹を心配してくれていた。伝わると同時に、山吹は泣き出しそうになる。  こんなにも、山吹のことを考えてくれているのだ。たかが同僚との会話で、なにを落ち込む必要がある。山吹は気持ちを切り替えて、スマホと向き合おうとした。  自分は、大丈夫だ。心配してくれて、嬉しい。桃枝のことが、好きで好きで堪らない。溢れ出てきた言葉なんて、沢山ある。  それなのに、山吹は……。 「……あ、れ?」  スマホの画面をなぞる指が、ピタリと止まる。指が、動かないのだ。  早く返信をしたいのに、なにかを返さなくてはいけないのに。そう思えば思うほど、山吹の指は頑なに動かない。  そこで、山吹はハッとした。  ──違う。【動かない】のではなく、指を【動かせない】のだ。……と。  言うまでもない話だが、山吹はどちらと問われずとも後ろ向き思考の持ち主だ。あんな夢を見るほどに、山吹は容姿以外に対する自信が壊滅的だった。たまたま見てしまった夢を、何時間経っても引きずるほどに。  そんな時に、普段は絶対に起こり得ない【桃枝が自分以外の相手と楽し気に談笑している】場面を見てしまった。当然、山吹の不安は減るどころか増していく一方だ。  桃枝に限って、あり得ない。桃枝が誰かに気移りするなんて、そんなこと……。理性は、理解を示しているはずだ。  それでも、山吹は考えてしまう。だからこそ、山吹の指は動かなかった。  ここで、なんと返すのが正解なのか。どうすれば、桃枝に疎まれないので済むのかすら。山吹には、最適解が分からない。そもそも【最適解】なんてものが存在するのかも、分からなかった。  山吹は顔色を真っ青にさせながら、思わず呟いてしまう。 「──なんて、返すのが……正解、なのかな……っ」  たかが、夢。されど、悪夢。山吹はスマホをゆっくりと下ろし、俯いてしまった。  今が幸福であればあるほど、どうしたってその幸福を『失いたくない』と考えてしまう。だからこそ余計に、マイナス思考が茶々を入れてくるのだ。  このままでは駄目だと分かっていても、山吹にはどうすることもできない。それほどまでに、山吹は桃枝のことが大切なのだ。  不安になる、なんて。そんな簡単な言葉で済ませたくないほど、山吹にとっては大きな問題だった。  俯いたまま、何分も何十分も悩んで……。事務所に戻らなくてはいけない時間を迎えても、山吹には答えも返事も見つけられなかった。

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