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泣き出した山吹を、桃枝はすぐに抱き締めた。
「お前、酷くうなされてたぞ。……また、悪い夢でも見たのか」
咄嗟に、声が出せない。山吹は桃枝にしがみつくように抱き着きながら、ただただ涙を流す。
黙ったまま、山吹は首を横に振る。そうすると、桃枝に頭を撫でられた。
「大丈夫だ。俺は、ここにいる。お前だってちゃんと、ここにいるぞ」
優しい桃枝が、そばにいる。山吹を抱き締めて、山吹に愛情を送ってくれていた。
だが、山吹の心臓がうるさいのは可愛らしい理由からではない。桃枝との抱擁でもなければ、桃枝からの言葉が理由でもなかった。
夢が──山吹自身が、山吹を責める。今までの言動を振り返れば、どうしたってこの幸福は嘘のようだ。
だから、山吹は──。
「……や、だ」
「緋花? なに──」
「──ヤダ、ヤダよ、やだ……!」
この幸福が『嘘だ』と気付いてしまう未来が、堪らなく怖いのだ。
突然、山吹が大いに取り乱し始める。当然、夢の内容はおろか山吹の不安を言葉にされていない桃枝は戸惑う。
それでも山吹は、桃枝を置いてけぼりにしている自覚も無いままに叫び始めた。
「明日なんてこなければ、ずっとずっとこのまま一緒に──いっそ、ずっとずっと永遠に昨日のままでいられたら! そうすれば白菊さんはボクのことを嫌いになったりしないのに!」
「落ち着け、緋花。話が飛躍しすぎている。冷静じゃないぞ」
「──だって怖いんだもんっ! 白菊さんに嫌われるのがっ、捨てられるのはイヤだっ! やだっ、やだやだっ!」
髪を振り乱して、泣き出して。今の山吹はまさに、ヒステリックそのものだ。
「怖いよ、ヤダ、やだよぉ……っ。ダメだって分かってるのに、どうしていいのか分からないから……それが、それが一番やだぁ……っ」
桃枝の体から手を離した後、山吹は目元を乱暴に擦り始めた。
分かっている。こんなことを伝えたって、桃枝に迷惑がかかるだけだと。これは桃枝の問題ではなく、山吹自身の問題なのだから。
それでも、山吹だけでは不安を消せない。桃枝を失う【もしも】の可能性を、山吹一人では払拭できないのだ。
だが、しかし。山吹自身が解決できないからと言って、形にも言葉にもなっていない【不安】を桃枝に伝えるのが正解とは思えない。これは桃枝にとって、迷惑以外の何物でもない行為なのだから。
全て、分かっている。分かってしまっているからこそ、山吹は桃枝が言う通り『冷静ではない』状態になってしまった。
「ひ、っ、う……うぅ、あ、ぁ……ッ」
泣きじゃくりながら、山吹は考える。
もっともっと、自分のことだけを考えられる人間だったなら。そうすればきっと、桃枝に当たり散らして満足できたのかもしれない。
もっともっと、桃枝のことだけを考えられる人間だったなら。そうすればきっと、抱えた不安を押し殺すことができたのかもしれない。
なににおいても、中途半端。だから山吹は、桃枝にとっても自分自身にとっても最低な選択ばかりをしてしまう。山吹は、そんな自分が好きではなかった。
ならば、自分自身ですら愛せない人間を他人から愛してもらえるなんて……。そんな都合がいい話、あるわけがない。
「緋花……」
取り乱して、泣き出して。そんな山吹を見て、桃枝がなにを言えるわけがない。
それでも桃枝は、優しかった。山吹の頭を、そっと撫でてくれたのだから。
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