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 桃枝の手を振り払うことも、素直に受け入れて喜ぶこともできないというのに。  それでも桃枝は、山吹の頭を撫で続けてくれた。山吹から、離れないでいてくれるのだ。 「ごめん、なさい。うまく、笑えなくて……泣き止めなくて、ごめんなさい。悪い子で、ダメな大人で、ごめんなさい……っ」 「そんなことない。俺が知っているお前はいい子で、立派な大人だ」 「それは、ウソのボクです。ホントのボクじゃ、ないんです……っ」 「……そうか」  頭を撫でてくれていた桃枝の手が、止まる。それと同時に、山吹はハッとした。  桃枝は、嘘を嫌う。……ならば、今の発言は? 山吹はさらに、涙を溢れさせてしまう。  このままでは、やはり桃枝に愛想を尽かされてしまうのでは。最悪、嫌われてしまう可能性だって……。それでも言葉が出てこない山吹は、せめてもと懸命に顔を上げて──。 「──仮に、俺が好きになったお前は嘘だったとして。それで、俺の中のお前はなにか変わるのか?」  ──真っ直ぐに山吹を見つめる桃枝と、目が合った。  顔を上げたことにより、桃枝の手が動く。頭を撫でるためではなく、山吹の目元を優しく拭うために。 「俺がお前に感銘を受けたのは事実で、俺が『変わろう』と思えたのも事実だ。感動して、心が動いて、いろいろなことに気付けて……。お前が虚構を纏った嘘だらけの男だったとしても、この事実は失われなくて、損なわれもしない」  少し冷たい指が、山吹の目元を撫でた。だから、山吹は驚いてしまう。 「なら、なにも変わらないだろ。現に俺は、今のお前だって好きなままだしな」  こんな状況でも──こんな山吹にも、桃枝は笑みを向けてくれたのだから。 「俺は嘘が嫌いだが、俺に沢山のことを教えてくれたお前が嘘だったのだとしたら、俺は嘘を愛するさ。こう言える根拠は、結果だ。結果論で語ると、俺は嘘を愛した上で真実を愛せたわけだろう?」  言葉が、出てこない。それは不快だからとか、打ちのめされているからだとか、そんな理由からではなかった。 「嘘の笑顔も可愛くて、本当の拗ねた顔も泣き顔も……素の笑顔も、俺は好きだ。だから、つまり……あぁ、なんだろうな。悪い、迷走してきた」  照れくさそうにする桃枝を見て、山吹は……。 「とにかく、俺はお前が好きだ。……って。結局のところ、俺はこんなことしか言えない男なんだがな。あの頃からあまり、変われていないのかもな」  ──嬉しかったのだ。  今度こそ、駄目だと思った。思い返せば、桃枝とはそんなことばかり。  それでも桃枝は、一度も山吹を突き離さなかった。山吹の不安を掬い上げて、まるで分かち合うかのように見つめてくれて、いつだって山吹の苦しみを一緒に背負おうとしてくれたのだ。 「本物のボクは、凄くワガママです。ヤキモチ焼きで、とても子供で、だけど見栄っ張りで、すぐに怒ってすぐに泣いて……だけど、すぐに喜ぶ奴です。ボクは、そんな男なんです」  ようやく、山吹は返事ができる。 「でも、ボク自身が『ボクってそういう男なんだな』と。そう気付けたのは……気付かせてくれたのは、白菊さんでした」  ようやく、山吹は【影】に言い返せそうだった。 「──こんなボクだと知ってしまっても、バレてしまっても。それでも、一緒にいてくださって……ありがとう、ございます。ホントに、ありがとうございます……っ」  ──それでもボクは、白菊さんと一緒にいる未来が欲しい。……と。

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