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 心が落ち着いて、ようやく山吹に自信のようで余裕にも似たものが生まれた。  同時に、山吹はキュッと桃枝の服の裾をつまんだ。 「……あの、白菊さん。今度こそちゃんと、訊いてもいいですか」 「お前にならなにを問われたっていいんだが、引っ掛かる物言いだな」  桃枝には『今度こそ』の意味が分からない。当然だろう。山吹は以前、問おうとして誤魔化した。そして桃枝は、自覚も無いまま誤魔化されてくれたのだから。  顔を上げて、今度こそ逃げないように。山吹はジッと、桃枝を見上げた。 「この間の、お昼休み。自動販売機の前で、ボク以外の人に肩を叩かれて笑っていましたよね? あれは、どんなお話をしていたんですか?」 「お前……見てた、のか?」  金融課の課長と談笑をしていた場面だと、即座に理解してくれたらしい。  それと同時に、桃枝はどこか気まずそうに山吹から視線を外した。 「あれは、その、なんだ。別に、肩を叩かれて悦んでいたとかじゃなくて、だな。つまり、その……」 「『つまり』?」  可能であれば、これ以上追求しないでほしい。桃枝はそう言いたげだが、それでも山吹は引かなかった。  やがて、桃枝は観念した様子を見せる。やはりどこか気まずそうに、小声でポソポソと答えてくれた。 「──お前との同棲生活について、少し訊かれて。思わず、惚気ちまっただけと言うか、なんつぅか……」  蓋を開けば、なんてことはない。桃枝は、桃枝なのだ。 「……ふっ、あははっ! ヤッパリ、白菊さんってボクのこと大好きですよねっ」  思わず、山吹は笑った。  桃枝はどこか気恥ずかしそうに、ジトッと山吹のことを睨み始める。 「なんだよ、今さらだな。知ってるだろ」 「はい、知っています。白菊さんの気持ちは、いつだって駄々漏れですからね」  ギュッと、桃枝に抱き着く。少しだけ動揺するも、桃枝はすぐに山吹を抱き締め返した。 「ただ、ボクにしか伝わらないだけ。ただ、ボクにはより一層甘いだけです。……白菊さんは、そういう人なんです」 「気恥ずかしいことこの上ないが、お前が言うなら俺はそういう奴なんだろうな」  弾んだ声で「そうですよ」と返した後も、山吹は続ける。 「白菊さんの優しさを、ボクは知っています。だからボクは、不安になってしまいます。白菊さんの優しさに他の誰かが気付いて、その人が白菊さんの優しさに応えられる人だったらと想像すると、怖い夢を見てしまいます」 「そう、なのか」 「はい。きっと、ボクはこれからもイヤな夢を見てしまうかもしれません。不安に、なってしまうかもしれません」  抱き着いたまま、山吹は顔を上げた。そのまま、桃枝と向き合うために。 「──その度に、伝えてもいいですか。ボクの不安を、白菊さんに」  これは、山吹なりの勇気だ。そう、桃枝は分かっているのだろうか。  ……仮に、分かっていなくたっていい。頬を撫でる桃枝の手が心地いいことに、変わりはないのだから。 「あぁ、何度でも言えばいい。その度に、俺はお前に『お前以上の相手はいない』って言うだけだ。お前が笑顔になるまで、何度でもお前を口説き続けるさ。そうすれば、お前の不安は晴れるだろ?」  自信ありげな様子で、桃枝は答える。そんな桃枝を見て、山吹は笑ってしまった。 「あははっ。なんですか、もう。……気付いていますか? 白菊さんがしようとしていることって、スゴいことなんですよ?」 「そうなのか? 俺には、そんな大層なものには思えないぞ」 「だからスゴいんですよ。だから、ボクは白菊さんが……」  ジワリ、と。山吹の視界が、ゆっくりと滲む。 「──だから、ボクは白菊さんが好きなんです……っ」  気持ちを告げると同時に、まるで決壊でもしたかのように。ポロポロと、涙が溢れた。  だが、これは嫌な涙ではない。そう思えるくらい、その涙は温かく感じた。

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