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 笑っていたかと思えば、泣き出した。それでも桃枝は大袈裟なリアクションは見せず、どこか『仕方ないな』と言いたげな態度を見せる。 「お前は本当に、可愛い奴だよ。俺相手にいっぱいっぱいで、表情をコロコロ変えて、面倒なところもあるくせにやたらと物分かりが良くなったりして……手に余って、本当に可愛い」 「それ、褒めてます?」 「この間も言っただろ。『ゾッコンだ』って。俺はお前が相手なら、きっとなんだっていいんだろうな」  今にも『ヨシヨシと』言い出しそうな様子で頭を撫でながら、桃枝は言葉を続けた。 「あまり自覚はなかったんだが、どうやら俺は【振り回されたいタイプ】ってやつらしい。お前にどうこうされるのは、存外好きだ」 「……変な白菊さん」 「だな。俺もそう思う」  それでも涙を流す山吹の頭を撫でたまま、桃枝はうっかり口を滑らせる。 「それで、ついお前の惚気話をしたんだが……。相手には肩を叩かれて『幸せそうでなによりです』って言われちまった。まぁ、俺も俺で肯定したんだがな」  すぐに、山吹は気付いた。 「それって、もしかして……さっき言ってた自販機の前で、ですか?」 「そうだが──……まさか『本当は話を聞いていました』なんて言わないよな?」 「いえっ、お話はホントになにもっ」  山吹は慌てて否定しながら、目元を擦ろうとする。当然、すぐに桃枝の手がその動きを制した。  ティッシュで優しく目元を拭われながら、堪らず山吹は呟く。 「でも、そっか。あの笑顔は、ボクを想って……」  知ってしまえば、笑ってしまうような話。山吹は目を赤くしながら、嬉しそうに笑った。 「ボク、おかしいんです。『いいのかな』って、落ち着かないんです。毎日ソワソワしてしまって、ふとした拍子に苦しいくらいドキドキしてしまって……。ずっと、ボクは変なんです」 「そうか。それは、喜ばしい話だな」  可笑しな相槌だ。山吹がそうツッコミを入れる前に、桃枝は返事を続ける。 「いいだろ、それで。俺だって、お前が一緒にいると落ち着かねぇんだから」 「ふふっ。それって、ホントにいいんですかね?」 「お互いそうなら、それでいいだろ。お揃いだ」 「そうですね。お揃い、ですね」  もう一度、桃枝に身を寄せた。桃枝はすぐに山吹を抱き締める。まるで『もっと』と言いたげな様子で強く、強く。  桃枝の温かさに触れて、山吹は瞳を閉じた。そして、ポツポツと言葉を零す。 「知っていますか? 人肌の温度とか、柔らかさとか。そういうものがないと、生物としての大切な成長ができないんですって」 「なるほど、愛着形成の話ときたか。ハーロウの代理母実験を引き合いに出すなんて、お前は博識だな」 「有名な実験じゃないですか。でも、褒められること自体は嬉しいので、今の言葉は素直に受け止めましょう」 「あぁ、受け取ってくれ」  態度でも伝えるかのように、山吹に送る抱擁の力が増した。堪らず、山吹は表情を緩める。 「こう見えてボクはちゃんと、そういったものを知っています。母さんから、いただきましたから」 「そうか。やっぱり、お前はいい子だな」 「なるほど、そう捉えるんですね。まったく、白菊さんはヤッパリ甘やかしの天才です」 「お前がそう言うなら、俺はその言葉を素直に受け止めるさ」  不安が、音を立てずに遠のいていく。言葉では説明できない実感を得ながら、山吹は桃枝の温かさを抱き締め続けた。

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