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 しばらく、抱き締め合って。囁くように、桃枝が訊ねる。 「落ち着いたか?」 「はい。おかげさまで、とても」 「そうか。なら、良かった」  微笑む桃枝を見て、山吹も微笑みを返す。この微笑みが演技でもなければ空元気でもないと、桃枝には伝わっていた。  笑顔が戻っても、不安を取り払えても。それでも山吹は桃枝にくっついたまま、どこか自嘲的にも見える笑みを浮かべた。 「もっと、目に見えたらいいんですけどね。白菊さんがボクにゾッコンだって、バカなボクでも分かるくらいハッキリと」 「目に、見える……」  ちょっとした冗談のように見せて、本心からの言葉。しかし桃枝が復唱したことにより、山吹はハッとする。 「ごめんなさい、ボクはなにを言っているのでしょうか。あははっ」  これは山吹の気の持ちようであって、桃枝になにかを望むような話ではない。ただただ、情けなさと面倒さを露呈しただけ。山吹は強引に明るい笑みを浮かべて、今の発言を【ジョーク】にすり替えようとした。  この会話は、これで終了。山吹はそう思った。  だが……。 「……そう、だな。少し早い気もするが、しかし……あぁ。今が、いい頃合いかもな」 「白菊さん?」  山吹を抱き締めたまま、桃枝はなにかをブツブツと呟いている。  考えごとをしているのか、目が合わない。山吹は桃枝の袖をクイと引っ張る。  そうされて、山吹の存在を思い出したのか──否。どこか、意思を固めたようにも見える目で、桃枝は山吹を見た。 「山吹、少し離れる。だが、すぐに戻ってくるからな」 「えっ? あの、白菊さん?」 「合鍵の時みたいに泣くなよ」  宣言と注意を残して、桃枝が山吹から離れる。山吹は桃枝に向けて一瞬だけ手を伸ばすも、すぐにその手を引っ込めた。  理由は分からないが、待つように言われたのだ。山吹は泣かずに、寝室を出て行ってしまった桃枝の戻りを待つ。  すると宣言通り、桃枝はあっさりと戻ってきた。 「山吹、手を出せ」  ベッドに座り直した桃枝は、合鍵の時と同じ言葉を山吹に伝える。  いったい、なんだろう。山吹はおずおずと両手を差し出し、手のひらを上に向けた。  山吹の怪訝そうな様子を見てか──見る前から、桃枝の表情は険しい。それが余計に、山吹の中で不可解さを増させた。 「あー、いや……。左手だけで、いい。それと、手のひらを下に向けてくれ」 「左手を、下に? こう、ですか?」  言われた通りに手を動かし、山吹は桃枝からのアクションを待つ。 「その、なんだ。これでお前の中から心配や不安を完全に払拭できるとは、思ってないんだが。それでも、無いよりはマシっつぅか……」 「えっと、白菊さん? ごめんなさい。意図が、あまり……?」 「そう、だよな。……そうだな。ここでウダウダ言葉を並べるのは、むしろ不誠実だよな」 「……?」  どうやら再度、意を決したらしい。 「山──……緋花」 「えっ。あ、はっ、はいっ」  桃枝の緊張が、表情だけではなく言葉からも伝わってくる。つられて緊張してしまった山吹は、上ずった声で返事をした。  そして、すぐに──。 「──これを、貰ってくれないか」  山吹は、言葉を失くしてしまった。  ──左手の薬指に、指輪をはめられたのだから。

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