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桃枝から、プロポーズされた。そして山吹は、そのプロポーズを受けたのだ。
互いの体を抱き締め合いながら、言葉にし尽くせない感動を山吹は抱く。
「白菊さん……」
背中に回した腕に力を込めて、強く抱き着いて。……ふと、山吹はあることに気付いた。
知ってはいたが、桃枝の腹筋は硬い。山吹が顔を埋めている胸筋も、逞しい。いったいいつ、鍛えているのだろうか。
「……山吹? なんだよ、おい?」
背中に回されていたはずの山吹の手が、桃枝の胸筋をペタペタと触り始めた。当然、桃枝は動揺する。
「いえ、その、なんと言いますか。改めて『白菊さんの体ってスゴイな』と。そう思ったので、味わっています」
「かっ、体っ?」
「はい。とっても逞しくて、男らしくて……」
はたと、山吹は気付く。
「その……ステキ、です」
自分が今、なにをしているのか。気付くと同時に、山吹は照れてしまった。
こんなにも素敵な男性に、自分は幾度も愛してもらえているのか。はしたない回想を始めてしまった山吹の顔は、どんどん赤らんでいく。
それでも体から手を離さない山吹を見て、桃枝はなにも言わない。かえってそれが、山吹の羞恥心を煽った。
引くに、引けない。引くべきなのに、引きたくなくて。より深く桃枝を感じたくて、山吹は再度、桃枝に抱き着こうとした。
だが、その少し前に。
「なぁ、山吹」
「はい──えっ?」
山吹は、桃枝に抱き着けなくなってしまった。
桃枝に手首を掴まれ、ベッドに押し倒される。山吹が驚いている間にも、桃枝は続いて動く。押し倒した山吹の上に乗るようにして、山吹を完全に【逃げられない状態】にしたのだ。
まるで、これは。山吹がそう思うのと、ほぼ同時。
「──これは『誘われている』ってことで、いいんだよな?」
桃枝が、らしくない言葉を口にした。
即座に、山吹の顔は真っ赤になる。ここまで直接的な問いを投げられるとは思っていなかったからだ。
「えっ、あ、えっと! そっ、そういうわけじゃ……な、なくも、ない。かも、しれないですけど……っ」
あんなに泣いて、そこを除いたとしてもプロポーズされたばかり。自分の浅ましさが恥ずかしくなり、山吹は顔を隠そうとした。
だが、それはできない。未だに、桃枝が山吹の腕を掴んでいるのだから。
ここから、どうしよう。真っ赤になった山吹は答え未満の言葉をしどろもどろになりながら紡ぎ、慌てながらも状況の好転を考えた。
慌てふためきながら赤くなっている山吹を見て、桃枝はぐっとなにかを堪えるような顔をする。
それから、どこか決意を秘めたような目をした。
「山──……緋花」
「はい、なんで──んっ」
返事をしている途中で、キスをされるなんて。山吹は目を閉じることもできずに、近付いた桃枝の顔を見つめる。
すぐに顔は離れ、桃枝の顔がハッキリと見えた。
「──お前を、愛したい。だから、抱かせてくれないか」
数回、瞳をパチパチと瞬かせる。それから……。
「な、なに、言って……っ」
ポンッと、山吹の顔がさらに赤くなった。
桃枝の顔は、冗談を言っているわけではない。気を遣っているわけでも、なにかしらの空気を読んだわけでもなかった。
本心、なのだ。桃枝は今、自分の意思で【山吹を誘った】。
しかし桃枝からすると、歯切れの悪い山吹の態度は【嫌悪】として映ったらしい。慌てて身を引き、桃枝は撤回の言葉を口にしようとした。
「いや、悪い。嫌なら、ハッキリと断っ──」
「──『イヤ』とは、言ってないです」
そんな桃枝に、山吹は食い気味に答える。
「──初めて、白菊さんから誘ってもらえた……っ。だから、嬉しいです」
そう言って、山吹は赤い顔のまま瞳を細めた。
言葉通り、その表情は幸福そうで。なにかと鈍い桃枝にも、山吹の気持ちは伝わったらしい。
「そ、そう、か……」
その証拠に、桃枝の顔も赤らんでいるのだから。
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