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番外編① : 6
楽しみにしているなんて、知られたくない。そんな見栄ばかりが先行し、山吹は必要以上に居酒屋へ滞在してしまった。
祭り会場は、まだまだ盛況。それでも、二人が店を出た時には【目玉行事】が始まっていたようで……。
「──あっ。花火ですね」
アスファルトの上で、山吹は夜空を見上げてそう呟いた。
場所取りなんてしたことがなく、そもそも花火が綺麗に見える絶景スポットも知らない。そのくらい縁遠い存在が今、頭上で咲いている。
つられて顔を上げた桃枝は、咲いては散っていく花火を見てポツリと呟いた。
「あぁ。いい場所で見られた」
「はい? なんですか、それ? ここ、なんの変哲もないただの道──」
一際、大きな花火が咲いた時。
「──お前の隣で見られただろ。だから、俺にとっては【いい場所】なんだよ」
山吹も桃枝も、見つめていたのは互いの顔だった。
……余談ではあるのだがこの時、山吹はまだ、桃枝の気持ちを知らない。桃枝が山吹に惹かれているという可能性を、僅かばかりも視野に入れていないほどだった。
ゆえに、山吹の返事は素っ気なく……。
「課長、今のはなかなかユニークな発言でしたよ。この調子でユーモア溢れる面白い上司を目指しましょう」
「俺はそんなもん目指しちゃいないんだがな」
グッと親指を立て、全力の『イイネ!』を贈ったのだが。桃枝は特に落ち込むこともなく、普段と変わらない難しい顔をしていた。
空を見上げたら、花火が見える。進む先には、夏祭り会場があって……隣には、一緒に祭りを堪能してくれる人がいるなんて。きっと幼少の山吹に言えば、悲し気な顔をして『空想上にしかありえません』と言いそうな状況だ。
もしかすると、今朝見た夢はこのことを示唆していたのか。現金な奴だと自分自身を笑いながら、山吹は口角を上げた。
「【待てば海路の日和あり】か」
「……ん? 今、なにか言ったか?」
「いいえ。なんでもありません」
花火を頭上に感じながら、二人は歩き出す。目的は夜空に咲く花ではなく、あくまでも祭り会場だからだ。風情なんて、求めてはいない。
「……課長。変なことを言ってもいいですか?」
「なんだよ」
だから山吹は、どこまでも山吹らしく歩いた。
「ボク、わたあめが食べたいです。あと、たこ焼きと焼きそばも食べてみたくて……ラムネも、飲んでみたいです」
「別に構わないが。居酒屋でそこそこ食ったぞ、俺たち」
「だから、半分こしたいんです。協力してください」
脳裏に付きまとう、過去の自分。山吹は大人げなく、まるで見せつけるように……。
「──お祭り、一緒に来てくれますか?」
そっと、桃枝の裾をつまんだ。
桃枝の耳が赤くなったことに、暗がりに立つ山吹は気付いていない。だからこそ山吹は、裾をつまみ続けた。
山吹の発言に、他意はない。そう自分に言い聞かせ終えた桃枝は、小さく頷いた。
「俺から誘ったんだ、当然だろ。それに、仮に今日お前の食べたいメニューが食べられなかったとして、だ。……お前となら、何度だって行っていい」
「じゃあ、来年はボクからお誘いしようかな。だから、再来年は課長から誘ってくださいね?」
「なんで当番制なんだよ。っつぅか、今そう言ったら既に約束してるようなもんじゃねぇのか?」
「ダメです。当日に誘ってくれなきゃイヤなんです」
「よく分かんねぇこだわりだな」
裾をつまんだまま、山吹は桃枝の隣を歩く。こんなこと、両親にだってできたことがなかった。
家族ではなく、友人でもなければ恋人でもない。少し会話の量が多い上司と部下という、近くも遠くもない距離感の関係性。
それでも桃枝は、裾をつまむ山吹を振り払わない。
「じゃあ、一先ず来年。お前から誘われるのを待ってるか」
「来年のこの時期に、ボクから『同伴されてください』と言って誘いますね」
「お前、案外その誘われ方が気に入ったのか?」
「少しだけですけどねっ」
これはまだ、二人の距離が縮まる前の話。関係性に、名前が付く前の出来事だ。
それでも山吹はこの日、初めて。
手を伸ばせば届く距離に桃枝がいるのだ、と。……そう、気付いた。
【待てば海路の日和あり】 了
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