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番外編② : 2
箱を持ち上げた腕を、視線で追う。すると、山吹の耳に届いた声の主がそこには立っていた。
「えっ。……課長? どうして、ここに?」
つい先日、両想いになったばかりの恋人──桃枝だ。
山吹のようなパフォーマンスではなく、おそらく本気で軽々と持ち上げているのだろう。桃枝はジッと山吹を見下ろし、眉を寄せた。
「たまたまだ。それより、書庫の鍵を渡せ」
悔しいことに、渡りに船だ。物理的な意味で力のある相手が登場したのは、ラッキーと言えるだろう。
だが、相手が悪い。他の男性職員が相手なら感謝を告げたが、相手が桃枝なら話は別となる。
桃枝に、こんなことで頼りたくない。こんな形で迷惑をかけ、あまつさえ手を煩わせたくはないのだ。
「イヤです。それはボクの仕事なんですから、ボクが運びます」
「途中からお前たちのやり取りを見ていたが、少なくともお前の仕事ではないだろ。いいから、鍵を寄越せ」
どうやら、桃枝は山吹に段ボール箱を持たせる気がないらしい。桃枝らしいと言えば、らしい。
しかし、かと言って『分かりました、お願いします』とは言えない。山吹はムッと唇を尖らせて、食い下がる。
「今ここでボクが事務所に戻ると、さすがに早すぎて不自然です。だから、せめて一緒についていきます」
「は? なんでだよ、人件費が無駄だ」
「じゃあ、課長が事務所に戻ってください。ボク二往復分の不在と課長一往復分の不在なら、圧倒的に後者がもったいないです。それだけの人なのだと自覚してください」
「ふざけんな。いいから、鍵をポケットに突っ込め」
「イヤです」
「あっ、おい!」
すぐさま山吹は背伸びをし、桃枝が持ち上げている箱をひとつだけ奪い取った。
「これで、二人で行く必要ができちゃいましたね」
「お前は、本当に……」
睨まれる。言うまでもないが、これは【怒り】ではなく【呆れ】だ。他の職員が見たなら竦みあがり、震えたことだろう。
それでも、山吹にはノーダメージだ。どこか仕返しのように、笑顔を返す余裕だってある。
「書庫まで、プチデートですね」
「なッ!」
「あっ、大丈夫ですかっ? 今、バランスが……」
「ウルせぇバランスについて触れんなサッサと行くぞ」
耳が赤い。こんな軽口でも動揺してくれるなんて、嬉しい限りだ。つられて、山吹も照れてしまう。
お互い、渋々と箱をひとつずつ持ちながら歩く。すると、桃枝が口を開いた。
「そもそも、なんで俺を頼らなかったんだよ。こんな重たい物を、俺はお前に持たせたくないんだが」
冷たい言葉だが、愛情を感じる。山吹は胸をキュンと高鳴らせつつ、桃枝をチラリと見つめた。
「持てないことはないですし、引き受けたのはボクです。わざわざ誰かを呼びに行くなんてダサいこと、しませんよ」
「お前のことだ。どうせ、俺が近くに居たって頼らなかったんだろ」
「そうですね、ご名答です。……でもそれは、課長に頼りたくないからではないですよ」
ただの雑談でも、こんなに胸が弾む。
「課長はいつも、いろんな人から頼られているので。こんな単純作業如きで、困らせたくはありません。きっと箱を引き受けた際に課長が近くに居てくれたとしても、ボクはそう思ったと思います」
これが、人を好きになるということなのか。ほんのりと不可解な心象も、山吹は『悪くないかも』と思えた。
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