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番外編② : 3

 書庫への道を、並んで歩く。  山吹の返事を聴いた桃枝は「そうか」と短い相槌を打ってから、ポソリと呟いた。 「だとしても俺は、どんなときでもお前には頼られたいんだがな」  こんな、誰が見ているとも分からない場所でなんてことを言うのだろう。両手が塞がっている今、山吹の赤らんだ頬を隠す術はないと言うのに。山吹は言葉を詰まらせて、俯いた。  そんな山吹をチラリと視界の端で捉えてから、桃枝は話題を変えようと思ったのか、違う話を口にする。 「そう言えば、さっき部下に『最近大変そうだな』っつったら、なんでか半泣きになられたんだが。俺は事実を口にしただけだよな? なにがまずかったんだ?」 「おそらくですが……顔、でしょうか」 「そうか。それは、どうしようもねぇな」  そんなこんなで、二人は書庫に辿り着いた。  ほんのりと名残惜しさを感じつつ、山吹は書庫の鍵を開錠。二人は共に、抱えていた段ボール箱を書庫内に保管した。 「ありがとうございました、課長。さすがに『二往復するのはダルいな』と思っていたので。正直、助かりました」 「そうか。俺の方こそ、一箱持ってくれてありがとな」  それこそ、山吹が礼を言うべきなのだが。堂々巡りになる気がしたので、山吹は曖昧に笑みを浮かべてうやむやにした。  書庫内の棚に段ボール箱を詰め込んだ後、桃枝は山吹を見下ろす。 「だがな、山吹。持てもしないくせに、あぁやって嘘を吐くな。お前になんのメリットもないだろ。それに、足腰にも悪い」 「『あぁやって』って……。ホントに、ボクたちのやり取りを見ていたんですね」  嘘を嫌う桃枝に、こんな嘘でも嫌われてしまうのか。途端に不安を抱いた山吹は、俯きながら答えた。 「課長は極端にウソを嫌いますけど、それって気分が悪くなるからですよね? なら、さっきのは違うと思いますよ」 「ほう?」 「ウソってものは、自分を守るために遣うんです。人を傷付けるために遣うものではないんですよ」 「そうかよ。なら、なおさらタチが悪いな」 「……えっ?」  なぜだろう。山吹は不安を抱えたまま、目の前に立つ桃枝を見上げた。 「──お前はさっき、同じ課の職員を守るために【嘘】を遣ったんだろ。あんなのは、ただの自己犠牲だ。今回に限って言うなら、俺はそれが嫌だったんだよ」  ぐっ、と。山吹は言葉を詰まらせ、堪らず俯いた。  どんな理由があろうと、確かに山吹は嘘を吐いてしまったのだ。桃枝が嫌うと分かっている、嘘を。  俯いて黙った山吹を見て、桃枝はハッとする。 「いや、悪い。俺が嘘を嫌うから、お前を不安にさせているんだよな。けどな、違うぞ山吹。お前を嫌うとか、そういう話じゃねぇんだ」 「不安になんて、そんな……」 「『課長が嘘を嫌うから、嘘を吐いたボクは課長に嫌われたかもしれない』とか、どうせそんなことを考えてるんだろ」 「……っ」  筒抜けだ。山吹は俯いたまま、ギュッと拳を握る。  指摘が正しいと手応えを得てしまった桃枝は、書庫に誰もいないことを確認してから、そっと手を伸ばす。 「嫌うわけねぇだろ。俺がお前の優しさを、嫌うわけがねぇ。だから、その。つまり、あれだ。……無茶は、しないでくれ。もっと、頼ってくれ。俺はつまり、そういうことを伝えたかったんだ」 「……っ」 「お、っと」  頭を撫でると、山吹が恐る恐ると言いたげな様子で桃枝に抱き着いた。すぐに、桃枝の体はピシッと硬直する。 「ありがとうございます、課長。ボクの不安を、掬い上げてくれて」 「いや、お前を不安にさせちまったのはそもそも俺なんだが……。とりあえず、一応『どういたしまして』とでも言っておくべきか?」 「はい。ありがとう、ございます」  桃枝の言い分を理解してから、山吹は額をすりっと桃枝に寄せた。  そうすると、またしても桃枝の体が硬直するのだから。山吹はなんだか、落ち込んでいるのが馬鹿らしく思えた。

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