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番外編② : 5

 身を乗り出した桃枝が、山吹に覆いかぶさるような勢いでスマホの強奪を始める。  こうして桃枝と密着できて、しかもそれが桃枝からの接近だなんて。山吹は内心で浮かれまくりつつも、必死にスマホを守り続ける。 「じゃあお返しに、ボクの写真でも差し上げましょうか?」  等価交換。またの名を、交渉。  するとピタリ、と。山吹の提案を受けた桃枝が、猛攻を止める。 「お前の? ……いいのか?」 「はい、いいですよ。じゃあ、あっちで撮ってきますね」  桃枝から距離を取り、立ち上がった山吹はトタトタと小走りをした。  それから通路に出ようとして、一度だけ立ち止まる。 「ドアを開けて覗いたりしたら、イヤですよ?」 「わ、分かった」  見られて減るものではないが、覗かれると集中できない。山吹は、今の自分が発揮できる最大の【可愛い】を写真に収めた。  すぐに、メッセージアプリで桃枝に写真を送信する。通路から戻ると同時に、桃枝のスマホから通知音が鳴った。 「どうですか?」 「──クッソ可愛い……ッ!」 「──ですよね? ボクもそう思います」  ここだけの話だが、桃枝はただ【可愛い山吹の写真に悶えている】というわけではない。  これは、少し前のこと。桃枝が山吹に『写真を撮らせてほしい』と言った際、山吹はサラリと拒否したことがあった。  だが、今では自ら差し出してくれるほどに距離を詰められたのだ。これが幸福ではないのなら、なんと形容したらいい? 今の桃枝は、そんな心地なのだ。  桃枝のそんな心情は、当然ながら露知らず。嬉しそうにスマホを眺める桃枝を、山吹は見つめた。  スマホをずっと見つめているものだから、山吹も桃枝を見つめる。……見つめている、のだが。 「……さすがに、ちょ~っと妬けちゃいますね」  それにしたって、写真ばかり見つめすぎだ。山吹は思わず、頬を膨らませた。  まるで弾かれたかのように、桃枝はすぐさま顔を上げる。そして、隣に座る山吹に素早く向き合った。 「っ! わ、悪い! そうだな、今はお前がそばにいるんだから、お前本体を可愛がるべきだな」 「あっ、ちょっと! 頭を撫でられるのは……うぅ」  ワシャワシャッと頭を撫でられ、山吹は反射的に赤面してしまう。  手を払いのけはしないが、まだ慣れはこないらしい。落ち着かない胸をどうにか必死に鎮めつつ、山吹は唇を尖らせた。  山吹の頭を撫でながら、桃枝はキリッと真剣な表情を浮かべる。 「写真の礼をする。なんでも言ってくれ」 「えっ? いや、今の写真は、ボクが課長を撮ったお返しだったのですが……?」 「俺の間抜けな写真と、山吹がくれたこの写真が対等なわけねぇだろ。ふざけてるのか」 「えぇー……。お気に召したようで、なによりです?」  しかし、いきなり『礼』と言われても。山吹は眉を寄せて、思案する。  目の前にいる桃枝を見つめて、そっと視線を下げて。山吹は自らの手を、口元に添えた。  そして……。 「──課長と、エッチしたいです」  ぽぽっと、顔が赤くなっていると自覚をしながら。山吹は、素直すぎる欲求を口にした。  当然、桃枝はガチッと硬直する。山吹の頭を撫でていた手が、まるで石にでもなったかのようにビシッと動きを止めたのだから。  動揺した桃枝に気付いた山吹は、慌てて弁明じみた言葉を紡いだ。 「あっ、えっと、そのっ。仕事終わりで、疲れていますよね。それなのに、ワガママを言ってしまってすみません……」 「いっ、いや、いい。お前の頼みは、分かった」  頭に乗せられていた手が、離れる。山吹はその手がどこへ向かうのか、無意識のうちに目で追ってしまった。  黒手袋をはめた手は、そのまま桃枝の首元へと伸び……それから、ネクタイを緩めたのだ。 「抱いてやる」  たった、一言。たったひとつの動作に、山吹の胸はきゅぅ、と。それはそれは、甘く締め付けられた。  堪らず「カッコいい……っ」と呟いてしまうほど、今の桃枝は山吹にとってツボだったのだが。桃枝自身、なぜ突然山吹から褒められたのかは、よく分かっていなかった。

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