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番外編③【釈迦に説法】 1

 ※二人の関係性は最終章の後です。  桃枝白菊は、恋人──山吹緋花のことが大好きだ。言うまでもなく、心から愛している。  特に、甘えてくる山吹緋花が大好きだ。上目遣いをされれば胸が高鳴り、小首を傾げられると呻き声が漏れ、体に触れられようものなら体が硬直する。  目に見えて分かり易く、桃枝という男は山吹という男に弱いのだ。  ……さて。なぜ、そんな話が始まったのか。理由は、桃枝が置かれている今の状況にある。 「──仕事に行きたくないです」  べそをかき、弱音のような本心を吐露し、情けない顔をしている男。……そう。言うまでもなく、桃枝にとって最愛の男──山吹だ。  山吹は今、べったりと桃枝にくっついていた。椅子に座り、仏頂面でマグカップを持つ桃枝に。  山吹に抱き着かれた桃枝は、音を立ててコーヒーをずずっと嗜む。 「そうか。お前がそんなことを言うなんて珍しいな」 「仕事に行きたくないです」 「そうだな、水曜日は気が滅入るよな。気持ちは分かるぞ」 「仕事に行きたくないです」 「確かに社会人なら誰しも思うことだな。分かるぞ。だがな、山吹──」 「仕事に行きたくないです」 「──お前は壊れたラジオか」  ベソ、ぐす。仕事が理由でこんなにもダメダメになっている山吹は、正直レアだ。写真──いや、動画に収めたい。桃枝は本心から、そう思い始める。  しかし、違った。明確に言うと、山吹がべそをかいているのは【仕事】が理由ではないのだ。 「白菊さんも仕事に行きましょうよ。一緒にお家から出ましょう?」 「あぁ、一緒に出るぞ。お前を送ってやるからな」 「イヤです。事務所の中までついてきてくれないとイヤです」 「……あのな、山吹」  コト、と。桃枝は持っていたマグカップを食卓テーブルの上に置いた。  それから山吹を振り返り、桃枝はその仏頂面を向ける。 「──俺は今日、有給で休みなんだぞ」 「──だから仕事に行きたくないんですよぉ~っ!」  現実を突きつけると、山吹はヤダヤダと駄々をこねるように桃枝へ抱き着く。  山吹は桃枝を見つめ、ウルウルと揺れる大きな瞳を向けた。 「離れたくないです。やだぁ……っ」 「んッ。そ、そう、だな」  桃枝、歓喜。山吹が今日も可愛い。感謝を伝えたいほどに。  こっそりと桃枝が悶えている間に、山吹はピコンとなにやら閃いたらしい。 「そうです! ボクも仕事を休めばいいんです! そうすればボクと白菊さんはずっと一緒ですよっ! 名案ですねっ?」 「駄目だ」 「うぅ~っ、ケチ~!」 「そんなに可愛く甘えてきても、駄目なものは駄目だ」  恋人としては嬉しいことこの上ない閃きだが、上司としてはなんともコメントし難いのだ。有給休暇は職員の権利と言えど、急すぎる。  公私混同はしたくない気持ちと、恋人を存分に甘やかしたい気持ち。こう見えて桃枝は、猛烈な葛藤をしている。  悪くはないのだが、悪い。桃枝は山吹の頭を撫で、得意ではない笑みを浮かべた。 「俺のデスク周りはお前に任せたぞ」 「ボクに頼ってくれている、ということですか?」 「そうだ。頼めるな、緋花」 「……はい」  べそっとしているが、なんとか出勤する気になってくれたらしい。上々だ。  山吹の頭を撫でて「偉いな」と褒めれば、山吹の気持ちはさらに上がる。山吹は眉を八の字にしながらも、どことなく嬉しそうに微笑んでくれた。

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