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番外編③ : 2
出勤準備を済ませ、桃枝はなんとか、山吹を車に乗せる。
車内では楽しそうに談笑していたものの、その勢いも会社に近付けば落ちていく。駐車場に車を停めた今現在の山吹は、またしても泣き出しそうだ。
一日離れるだけで、こんなにも悲しまれるとは。夜には会えるというのに、山吹はまるで今生の分かれかのように落ち込んでいる。
……悪くない、と。そう思ってしまう自分を、桃枝は内心で叱責する。
喜んでいる暇があるのなら、なんとか話題を作り、山吹の気持ちを好転させなくては。桃枝は助手席に座る山吹を見た。
「帰り、本当に会社まで迎えに行かなくていいのか?」
「大丈夫です……」
「全然『大丈夫です』って顔じゃないがな」
かなり、落ち込んでいる。交際を始めた頃から考えると、今の山吹は涙が浮かぶほどの変化だ。
桃枝の感動に気付いていない山吹は、俯き加減で答えを続ける。
「白菊さんにとっては、折角のお休みですから。ホントは行きの車だって、申し訳ないくらいなんですよ」
「それは悪かった。だが、買い物ついでだからな。気にしないでくれ」
「買い物ならボクも一緒に──」
「お前は仕事だろ」
堂々巡りの予感だ。桃枝は辺りを確認した後で、山吹の頭をポンと撫でる。
「なにか買っておくべき物はあるか? 日用品でもなんでもいいぞ」
桃枝は既に、山吹へ頼みごとを伝えていた。だから、今度は自分が受ける番だ。……暗に、そう言っている。
桃枝の考えに気付いた山吹は、それでもやはり浮かない表情だ。「でも……」と言い、反論のようなものをしようとさえした。
だが、続けない。山吹は一度閉口し、すぐに別の答えを口にする。
「──じゃあ、今晩使うコンドームを買ってきてください」
「──コン……ッ! ……あ、あぁ、分かった」
これは、嫌がらせなのか。それとも、純然たるお願いと捉えていいのかどうかが、分かりにくい。相手が山吹なのだから、当然だ。
とにもかくにも、ようやく山吹は覚悟を決めてくれたらしい。若しくは『諦めてくれた』とでも言うべきか。
「それじゃあ、ボクは出勤しますね……」
「あぁ。部屋でも言ったが、デスク周りは頼んだぞ」
「はい……」
非常に送り出しにくい雰囲気ではあるが。
山吹はゆっくりとシートベルトを外し、チラチラと桃枝を見ている。
「頼む、山吹。連れて帰りたくなるから、そんな顔を向けないでくれ。俺だって、お前と離れるのは寂しいんだぞ」
「そうです、よね。離れるのが寂しいのは、ボクだけじゃないですもんね」
「あぁ、そうだ。だから、帰ってきたら存分に甘やかさせてくれ」
「っ! わっ、分かりましたっ!」
なんということだろう。桃枝用のご褒美のつもりで提案したというのに、山吹の方が喜んでいる。
山吹はすぐに出勤の準備を済ませ、助手席から降りた。窓の向こうから手を振り「行ってきます」と言って、職場に向かって駆けて行ったのだ。
手を振り返し、山吹を見送って。……桃枝は、ポツリと零した。
「そうサッパリと離れられるのも、それはそれで物悲しいような……」
面倒なのは山吹だけに限らず、自分もか。振り返した手の平を見つめた後、桃枝は誰に聴かせるわけでもなく、ため息を吐いた。
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