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番外編③ : 3

 ──さて、実は本日の有給取得には【目的】があった。  桃枝は山吹を送った後、すぐにスーパーへと向かう。そこで桃枝は、普段ならば絶対にしないような買い物を始めた。 「必要な材料は……こんなところ、か」  ──そう。【夕飯の買い出し】だ。  桃枝はスマホを片手に、不慣れな様子で買い出しを始めた。野菜ひとつ選ぶのにも【選び方】でネット検索をかけ、ゆっくり且つ確実に良質な食材を求める。  そうして桃枝は、圧倒的に【慣れていません】という様子を見せながら買い物を続けたのだ。  本日、桃枝が有休を取得した理由。山吹とは絶対に休みを被せたくなかった理由は、これだ。  ──山吹に、手料理を振る舞う。これこそが、桃枝の目標だった。  スーパーでの買い出しを終え、律儀に薬局でコンドームも買った後。桃枝はマンションへ帰り、家事を始めた。  しかし、帰宅して早々料理をするわけではない。なぜなら、料理だけでは一日の時間を持て余してしまう。どうせなら、山吹が普段からしてくれていることを桃枝も返したい。  ……ということで、桃枝は帰宅してすぐに【料理以外の家事】を始めた。  とは言っても、桃枝だって一人暮らし経験者だ。料理以外の家事はできないわけではない。そもそも料理以外の家事はそこそこ分担しているので、あまり代わり映えしない作業とも言えた。  洗濯を始めた桃枝はふと、山吹の衣類に目を留める。 「アイツの服を俺と同じ匂いにするのは、なんか……いいな」  同棲を始めた際、山吹は『洗濯をする際に使う洗剤等をお揃いにしたい』といった趣旨のお願いをしてきた。おかげさまで、桃枝と山吹は纏う香りが同じだ。  だからこそ、桃枝は伝えたい。『素敵な提案をありがとうございます』と。  惚れた相手が自分と同じ匂いを纏うというのは、どうしてこうも胸が弾むのか。逆を言えば惚れた相手の匂いと己が同じになるとも解釈できるのだが、それもそれで胸が弾む。  結論。桃枝は今でもなお、山吹との同棲生活に対する喜びを噛み締めまくっている。  洗濯機を動かし、掃除機等を使って部屋の掃除をし、昼になると山吹からかかってきた電話に応対し……。それなりに忙しく、桃枝は有給を過ごした。  そして、ついに夕方が近付く。 「砂糖と、醤油……。アイツ、どこに片してた?」  つまり、本日のメインイベントが始まったのだ。  桃枝はキッチン周りを物色し、先ずは現場を把握する。どこになにがあるかを、思えば今まであまり気にしていなかったのだ。  いざ見渡してみると、一人暮らしをしていた時とは様子が変わっている。明らかに調味料が増え、調理器具や食器が増え……。 「改めて見ると、いいな。同棲感が、いい。……いいな、うん」  桃枝は数分間、幸福に浸った。壁に手をつき、額に手を当て、眉間に皺を寄せて……。とにかく、桃枝は幸福に浸った。  だが、そんなことをしている場合ではない。桃枝は気を引き締めてから再度、キッチン周りを確認する。 「毎日使っている割に、綺麗だな。一人暮らしの頃と変わらない気がする」  そこでまたしても、桃枝は家庭的な山吹に惚れ直しをした。物が増え、毎日使っている場所だというのに汚れてはいないのだ。惚れ直すなと言う方が酷だろう。  ……いけない。またしても、思考が本題から脱線した。桃枝はもう一度気合いを入れ直し、今度こそ作業を始める。 「先ずはスマホでレシピを開いて、と……」  事前にスクリーンショットをしておいたレシピをスマホで開こうとし、画像フォルダを確認。  ……言うまでもなく、保存していた山吹の写真に目を奪われた桃枝は何回目かの脱線をしたのだが。  とにもかくにも、勝手に紆余曲折しながらも、桃枝は調理を開始するのだった。

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