459 / 465
番外編③ : 4
気付けば、時刻は夜になっていた。
桃枝がそのことに気付いたのは、調理を終え、使った道具を洗い終わったその頃だ。
「──白菊さんっ! ただいま帰りましたっ!」
元気よくリビングの扉を開いた山吹の声で、桃枝は『いつの間にか定時を過ぎていた』と気付いた。
キッチンから姿を現し、桃枝は帰ってきたばかりの山吹に近付く。
「おかえり、緋花」
頭を撫で、挨拶を返す。走ってきたのか、山吹は息を切らしていた。
しかしすぐに山吹は、ぱぁっと明るい笑みを浮かべる。あまりにも、眩い笑顔を。
「やっと会えましたっ。もう白菊さんに会えないかと思ってボク、ボク……うぅっ」
「大袈裟な奴だな」
「失礼な! 大袈裟なんかじゃありませんよっ! 白菊さんがいない管理課なんて、ただの職場じゃないですかっ!」
「俺が居ようと、職場は職場なんだがな」
山吹が真剣に、ワケの分からないことを言い出した。こんなことなら、やはり迎えに行くべきだったか。桃枝に抱き着く山吹の背に腕を回しながら、桃枝は甘やかし思考を全開にする。
すると、山吹が顔を上げた。そして、すんすんと鼻を鳴らしたのだ。
「なんだか、白菊さんからお料理の匂いがします」
「あぁ。作ったからな」
「なるほど。それで、コンビニ弁当でも温めていたんですか? それとも、カップ麵にお湯でも注いでいましたか?」
「なんでだよ。『作った』って言っただろ」
桃枝に対する家事の評価が低すぎる。確かに料理なんて全くしないが、それにしたって低い。真っ直ぐで素直すぎる山吹の発言に、桃枝はそっとショックを受けた。
だが、その汚名的な評価も今日で返上だ。桃枝は山吹の肩に手を置き、ジッと見つめる。
それから桃枝は、真顔で口にするような内容ではない問いを口にした。
「──夕飯にするか? 風呂にするか? それとも俺にするか?」
「──えっ。旦那側が訊く世界線ってあるんですね」
山吹はビックリし、目をまん丸にしている。桃枝からすると『可愛い』と、これに尽きる反応だ。
「少し前に、お前が訊いてくれただろ。俺はそれが、存外嬉しかったんだが……お前は、そうでもないみたいだな」
「いえっ、そんなっ!」
山吹はブンブンと首を横に振り、桃枝の不安を否定する。
「嬉しいですし、ドキドキしていますっ。だから白菊さんの狙いは大成功、なんですけど……」
「『けど?』」
そろ、と。顔を赤らめつつ、山吹は俯いた。
「──ボクの答えは、いつだって【白菊さん】ですから。……だけど、白菊さんが作ってくれたご飯も食べたいので、幸せすぎて困っちゃいます」
可愛い。語彙なんてこれだけで良いのではないかと錯覚してしまうほど、ただただ、この単語に尽きる。可愛い。
質問しておいてなんだが、桃枝は今すぐ山吹を選びたい。そう思い、山吹の頬に手を伸ばそうとして──。
「──あっ、折衷案! お風呂でセックスをしながらご飯にしますっ! そうと決まれば、白菊さん! 早速、ご飯と着替えの準備をしましょう!」
「──どれに対してかは明言できないが、行儀が悪いぞ」
安定の山吹思考に呆れたことで、桃枝はようやく我に返ったのだった。
ともだちにシェアしよう!