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番外編③ : 4

 気付けば、時刻は夜になっていた。  桃枝がそのことに気付いたのは、調理を終え、使った道具を洗い終わったその頃だ。 「──白菊さんっ! ただいま帰りましたっ!」  元気よくリビングの扉を開いた山吹の声で、桃枝は『いつの間にか定時を過ぎていた』と気付いた。  キッチンから姿を現し、桃枝は帰ってきたばかりの山吹に近付く。 「おかえり、緋花」  頭を撫で、挨拶を返す。走ってきたのか、山吹は息を切らしていた。  しかしすぐに山吹は、ぱぁっと明るい笑みを浮かべる。あまりにも、眩い笑顔を。 「やっと会えましたっ。もう白菊さんに会えないかと思ってボク、ボク……うぅっ」 「大袈裟な奴だな」 「失礼な! 大袈裟なんかじゃありませんよっ! 白菊さんがいない管理課なんて、ただの職場じゃないですかっ!」 「俺が居ようと、職場は職場なんだがな」  山吹が真剣に、ワケの分からないことを言い出した。こんなことなら、やはり迎えに行くべきだったか。桃枝に抱き着く山吹の背に腕を回しながら、桃枝は甘やかし思考を全開にする。  すると、山吹が顔を上げた。そして、すんすんと鼻を鳴らしたのだ。 「なんだか、白菊さんからお料理の匂いがします」 「あぁ。作ったからな」 「なるほど。それで、コンビニ弁当でも温めていたんですか? それとも、カップ麵にお湯でも注いでいましたか?」 「なんでだよ。『作った』って言っただろ」  桃枝に対する家事の評価が低すぎる。確かに料理なんて全くしないが、それにしたって低い。真っ直ぐで素直すぎる山吹の発言に、桃枝はそっとショックを受けた。  だが、その汚名的な評価も今日で返上だ。桃枝は山吹の肩に手を置き、ジッと見つめる。  それから桃枝は、真顔で口にするような内容ではない問いを口にした。 「──夕飯にするか? 風呂にするか? それとも俺にするか?」 「──えっ。旦那側が訊く世界線ってあるんですね」  山吹はビックリし、目をまん丸にしている。桃枝からすると『可愛い』と、これに尽きる反応だ。 「少し前に、お前が訊いてくれただろ。俺はそれが、存外嬉しかったんだが……お前は、そうでもないみたいだな」 「いえっ、そんなっ!」  山吹はブンブンと首を横に振り、桃枝の不安を否定する。 「嬉しいですし、ドキドキしていますっ。だから白菊さんの狙いは大成功、なんですけど……」 「『けど?』」  そろ、と。顔を赤らめつつ、山吹は俯いた。 「──ボクの答えは、いつだって【白菊さん】ですから。……だけど、白菊さんが作ってくれたご飯も食べたいので、幸せすぎて困っちゃいます」  可愛い。語彙なんてこれだけで良いのではないかと錯覚してしまうほど、ただただ、この単語に尽きる。可愛い。  質問しておいてなんだが、桃枝は今すぐ山吹を選びたい。そう思い、山吹の頬に手を伸ばそうとして──。 「──あっ、折衷案! お風呂でセックスをしながらご飯にしますっ! そうと決まれば、白菊さん! 早速、ご飯と着替えの準備をしましょう!」 「──どれに対してかは明言できないが、行儀が悪いぞ」  安定の山吹思考に呆れたことで、桃枝はようやく我に返ったのだった。

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