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番外編③ : 5

 とは言っても、さほど難しいものは作っていない。  茄子とピーマンの味噌炒めを筆頭に、切って煮て焼いてといったシンプルな工程のみの料理だ。  それでも、今の桃枝は己が誇らしかった。料理に対する高揚感──クッキングハイ、とでも言うべきだろうか。 「知っていたか、山吹。塩気があると不思議なことに、甘さが引き立つって」  自分お手製の料理を食べながらそんなことを口にしてしまう程度には、ハイだった。  すぐに、山吹は眉をキュッと寄せてしまう。 「家事で料理担当のボクに、本日初めて料理をした白菊さんが豆知識の披露ですか?」 「ん、悪い。確かに、これだと釈迦に説法──」 「──博識な白菊さんもステキですね……っ」 「──ど、どうも」  が、どうやら【怒り】ではなく【トキメキ】が理由のしかめっ面だったらしい。変なところで自分に似てきている山吹を見て、桃枝も同様の理由で眉を寄せてしまった。  お互いが、お互いに似ていく。これが、同棲の醍醐味なのか。桃枝は料理よりもそんな変化を、しっかりと噛み締めた。  桃枝の感慨なんて露知らず、山吹は料理を食べ進めながらポンと話題を振る。 「そう言えば今日、先輩たちにとても詰め寄られました」 「なん、だと」  まさか、知らない間に虐められていたのか。心配から、桃枝は瞬時に不穏なオーラを流す。  だが、山吹は「いじめとかじゃないですよ!」と前置きし、続きを話した。 「ボクが二十歳になった後、白菊さんも一緒の飲み会で【桃枝課長の好きな人】って話をしたじゃないですか? それのことで、質問されたんです」 「そう言えばお前、あの時は俺の好きな奴を散々貶してくれたよな」 「そうなんですよ。どうやらそれを覚えていたみたいで『失恋した桃枝課長を慰めてゲットしたの?』って」 「なるほど、とんでもない誤解を受けたんだな」  その頃から一貫して、桃枝の初恋は続いているというのに。なんとも複雑な心境だ。  しかし逆を言えば、そんな誤解をされるほど【山吹緋花】と【桃枝が片想いをしていた相手】の特徴がかけ離れているということだろう。  桃枝を捉えて離さない、猛烈な美女。しかし極度のメンヘラ思考を持っていて、我が儘なファムファタール。……中らずと雖も遠からず、か。 「それで? 訂正したのか?」 「いえ。そういう方向で幾人かが納得と理解をしているみたいなので、そのままにしました。人間、真実よりも【面白いもの】を信じたがる生き物ですからね」 「自分のことだって言うのに、随分と他人事だな」 「えぇ、他人事です。だって、周りが思っているのは【ホントのボクたち】じゃなくて【自分たちが面白いと思うボクたち】ですからね。他人事ですよ」  時々、山吹は妙にドライだ。それはそれで、周りの噂に振り回されないと思えば格好いい──。 「──それに、真実はボクたちだけが知っていたらそれでいいじゃないですか。……二人だけのヒミツ、ですっ」  前言撤回。可愛い、好きだ。桃枝の表情はギュッと強張る。  照れくさそうにはにかむ山吹を見て、桃枝は料理を食べ進めた。すると山吹は「ボクを見て白米を食べるのはやめてください」と言い、顔を赤らめたとか。

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