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第3話
…あんな事言って翔が追いかけてくるのを待ってるなんて、まるで構ってほしいみたいだ。
俺はもう過去を捨てようと思ったんだ、心の声でも翔じゃなく長嶺会長と呼ばなくては…
「さっちゃん」と笑顔で俺を呼ぶ幼い翔が頭から離れない。
…トイレで出会わなければ、翔を意識する事はなかったのかもしれない。
次の日、俺の日常は大きく変わる事になった。
「佐助様、おはようございます」
「………え?なんでいるの?」
俺は思わずそう呟いた。
そりゃあそうだろう…いつも通り目覚ましのうるさい音に起こされるかと思ったら家のチャイムで起こされた。
いつもは借金取りにチャイムを鳴らされるから敏感に反応してしまう。
いつも通り居留守を使おうとしたら「佐助様」という声がした。
…まさか、と思いながらドアスコープを見て慌ててドアを開けた。
そこには皺一つない制服を着た我が学園の生徒会長が立っていた。
そしてさっきの会話だ。
なんで俺の家を知ってるんだ?…教えた覚えはない。
翔は隠すつもりがないのかニコリと笑って答えた。
久々に見たな、翔の笑顔…学園じゃ笑ってる顔なんて見たことないから…
「佐助様の住所はとある情報屋に聞いていて知っていましたが、いきなり押しかけるのは迷惑かと思って…本物の佐助様と学園で会うまで我慢していました」
「……これも押しかけなんじゃ…」
そう言ったが翔の笑顔で言葉を飲み込む。
それに本物とか情報屋とか、翔は俺と会わなかった数年間どんな事してたんだよ。
聞きたいが、なんか触れたらもっと翔を知りたくなる気がして…触れないようにしようと心に誓った。
翔に何を言っても無駄だと知り、もう自分を偽るのをやめた。
とりあえず寝間着のままだし寝癖が凄いし、身支度するためにドアを閉めようとしたらガッと翔がドアを押さえて入ってきた。
「え?なに?」
「佐助様の身支度のお手伝いをさせて下さい」
「ちょっ!!俺はもう翔の主じゃ…」
つい昔のように親しく呼んでしまい口元を押さえる。
…俺みたいな貧乏人に名前を呼ばれただけで不愉快だよな。
チラッと翔を見るが不快感がある顔ではなく、むしろとても嬉しそうに笑った。
「俺は貴方に出会った時からずっと貴方だけの専属執事ですよ」
「…で、でも今は統乃の執事じゃ…」
「統乃様はお一人で何でも出来る方です」
翔が手を離すとゆっくりとドアは閉まった。
俺と翔は玄関でお互い見つめ合い、翔は俺の頬を両手で包んだ。
…今更気付いた、そういえばメガネ掛け忘れた…伊達だから掛けなくても見えるけど…
「俺は佐助様が心配なんです、佐助様と別れてから佐助様の事ばかりを考えていました……だって俺はずっと佐助様を…」
「……っ」
俺はつい翔の腕を拒絶してしまった。
翔の言葉を遮ろうと思ったわけではない。
…ただ、視界に白い包帯が見えただけだ。
翔の話の続きは何となく想像出来る。
翔はずっと俺を恨んでいたのだろう。
そう思うと翔を拒絶するのは申し訳なく感じてしまい腕をだらんと下げた。
「…ご、ごめん…翔の好きにしていいから」
「佐助様?」
翔は不思議そうに俺を見て俺の髪に触れた。
…昔を思い出すな…昔はよく一緒に風呂に入り髪を洗いっこしたっけ。
優しく撫でる手が心地よくて目を閉じる。
視界が真っ暗になったから翔がどんな顔をしてるのか分からないが、声はとても優しかった。
「佐助様、まずは可愛らしく跳ねている寝癖を直しましょうか」
「………うん」
寝癖まではまだいい、ただ…着替えも翔が手伝うとなると抵抗させてくれ。
もう子供じゃないんだから…
俺のパジャマのボタンを外そうとする翔の手を掴む。
「それは、一人でやる…もう高校生だよ」
「えっ…いや、それは俺がお手伝いさせていただきたいといいますか…」
なんか翔が顔を赤くして目が泳いでいる…俺の知らない顔だ。
気になってまじまじ翔を見るとバッと俺から距離を取る。
…あ、ちょっと傷付いた…自分で言った事だけど…
「ご、ごめんなさい!もう子供じゃないって分かってるんですが…」
「ううん、俺こそここまでやらせてごめん」
俺はボタンを外し脱いだ。
翔は赤くなりながらジーッと見ていた。
…もやし体型なんて見ても面白くないと思う。
ネクタイを結ぼうとしたら翔が自然にネクタイに触れ結んでくれた。
「ありがとう」
「いえ、それではカバンを…」
朝食は昔から胃が受け付けなくて食べないのを知っていて翔は朝食の準備はしない。
翔から自分のカバンを受け取り家のドアノブに触れた。
俺が振り返ったから翔は不思議そうな顔をして俺を見ていた。
「翔…いや…長嶺会長、今後は俺を他人のように接して下さい、お願いします…支倉の家のためにも……もう俺はただの東金佐助なので」
「…………はい」
翔は悲しげな顔をしながら静かに頷いた。
ありがとう、そしてごめん……罰は必ず受けるから…
俺は翔と共に家を出た。
6歳の頃…俺と翔は出会った。
俺は翔が年上だと知らずに年下のように可愛がった。
翔も俺を「さっちゃん」と呼びいつも一緒だった。
それは翔が年上だと分かっても変わらなかった。
ずっとずっと、一緒だと思っていた。
小学校の時、好きな子にアピールするには強さを見せつけるのがいいと友人達と話していた。
だから俺は木登りをして強さをアピールした…大好きなしょうちゃんに……結果的に大好きなしょうちゃんを怪我させてしまった。
何度も何度もしょうちゃんの見舞いに行きたかったが、しょうちゃんに会わせてもらえなかった。
…その後すぐに離婚したからきっとあの時の俺は支倉じゃなかったのかもと今なら思う。
俺は泣き虫で弱いしょうちゃんを守りたかっただけだった…そう、守りたかったんだ。
きっとこれは俺への罰なんだ。
両親に捨てられ、しょうちゃんに恨まれる…俺は今その罰を受けている。
しょうちゃんを守れなかった俺への…
「それでは新入生歓迎会の説明を始めます」
グラウンドにて長嶺会長が全校生徒に向けて新入生歓迎会の説明をする。
あれから俺の言葉を守り翔は長嶺会長として俺とすれ違っても知らないフリをした。
…少し話さないだけでこんなに胸が痛くなるのかと思い知らされた。
翔を拒絶したのは俺なのに…勝手だよな。
そしてあれから一週間ほどが経過して新入生歓迎会の季節がやってきた。
ルールは簡単、先輩後輩二人一組のペアになり二人三脚で鬼ごっこをするらしい…絶対怪我人が続出するな。
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