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エール3-3

「はい!」  ワンテンポ遅れて密紀が立ち上がる。勢いで椅子が転げそうになる。 「行くよ」 「はい!」  どこへと聞く余裕など密紀には無く、竜也に目線だけで礼を言うとカバンを持って千秋のもとに駆け寄った。教室には『本当だったんだ』という空気が流れる。竜也がもう一度密紀の後ろ姿に頑張れと念を送った。  黙々と歩く千秋の後ろをほぼ小走りで付いていく。何となく千秋の機嫌が悪いように見えて、密紀は声を掛けられないでいた。  連れてこられたのは聖堂だった。また走るのかなと、密紀はカバンからジャージを出そうとして千秋に止められる。 「ここ座って」  聖堂の二階の小さな部屋。木製の古い机と、同じく木製の椅子が六脚並んでいる。簡易棚やソファーも置かれていて、普段からよく使っている部屋なのだろう。  密紀は言われた通り椅子に腰掛けた。千秋はタブレットを出して机の上に置くと、窓のインナーカーテンを閉めた。 「保科に覚えてもらうエールの基本の型の動画だよ」  密紀の隣りに腰掛けながら、千秋がタブレットを操る。カバーを折ってスタンドにするとタブレットを立てた。密紀は緊張の面持ちで頷くと、しっかり覚えなきゃとタブレットの画面を見つめた。だけど…。  密紀はチラリと千秋を見る。怒っているのかなと思った空気はまだ続いていて落ち着かない。  もしかして、俺のこと選んだの失敗だったって千秋先輩も思ってるんじゃ…。  そう思うと急に怖くなって、密紀は膝の上で両手をギュッと握る。

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